主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート28
バイリンガル教育の科学。(前編)



ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。

子供が生まれると間もなく
どこで情報を聞きつけるのか
セールスの電話に新たなジャンルが加わります。

まずは、こんなもの。
「産後の体型、気になりませんか?
 ダイエットに成功する情報をお教えします」
とダイエット食品や補正下着のメーカーからの電話。

そんな電話に対し、研究員Aは
「産前も産後も体型には自信がありますっ」
とウソ八百を言って、お断りさせて頂きます。
だって、電話ごしで姿は見えないから強気です。

あと多いのはこんな電話です。
「お子さんをバイリンガルにするには
 乳幼児からの環境が大事です。
 お母さま、ぜひお子様のためにこの教材を。。。」

そんな電話に対し、研究員Aは
「私が英語・フランス語と3カ国語に
 不自由していないので結構です。」
とこれまたウソ八百を言って、お断りさせて頂きます。

でも、そのあとでどこか「心の引っかかり」
を感じるんですよね。
それは、大ウソをついたことによる
良心の呵責だけではなさそうです。

育児雑誌を開くと英才教育に関する広告があふれています。
中でも、英語コンプレックスの強い日本人だから? か
「0歳からの英語教育」だとか
「英語は小さいうちに始めないと手遅れ」だとか。
すごいのになると「胎児の間が勝負!」
なんてものもあったりして。

そんな情報を目の当たりにすると
とたんに心に迷いが生じてしまうではないですか。

それでは、今回のレポートは
世のお父さんお母さんが
多かれ少なかれ気になるであろう
「バイリンガル教育」を
科学してみることにしましょう〜。


言語を覚えるのに
限界の年齢はあるの?


生まれたばかりの頃は
「えーん」か「うっくー」くらいしか
声を発しない赤ちゃん。
それが、黒板や教科書を使ったりするような教育ナシで
次第に言葉を習得してしまいます。

言うまでもないことですが、赤ちゃんは
日本語環境にいれば日本語がぺらぺらに、
英語環境にいれば英語がぺらぺらに!
考えてみたらこれってすごい能力です。

赤ちゃんであれば「自動的に」言葉を覚えてしまうのに
大人になるとそうはいきません。
せっせと単語を覚えたり
英会話のレッスンに通ったりなどの
地道な努力が必要になります。

だからこそ
「赤ちゃんのうちに英語が溢れる環境にあれば
 日本語と同時に英語もマスターした
 バイリンガルになるのでは?」
と考えるのは自然なことでしょう。

そんなとき、一番知りたいのは
「言語を覚えるのに限界の年齢はあるのか?」
ってところですよね。
だからこそ、「早期」教育なんてものが
気になって仕方ないわけです。
それでは、まずその「年齢的な限界」から
お話を進めていくことにしましょう!

鳥も、人間と同じように
成長した鳥のさえずりを聞いて
そのさえずり方を習い覚えます。

ホワイトクラウンドスパローという鳥の場合ですが
生後三ヶ月以内に大人の鳥のさえずりを聞かないと
一生きれいにさえずることが
できなくなってしまいます。
つまり、「年齢的な限界」が存在するのです!

このように何かを習得する時期が
一生のうちの一時期に限られていることを
臨界期(感受性期)と言います。

臨界期:
人間の「学習」などに関する臨界期は
まだ実はよくわかっていません。
臨界期という言葉は
「この時期にまでやらないと手遅れ!」
というせっぱつまった印象を与えてしまうので
今ではその印象の薄い感受性期という言葉に
置き換わりつつあるそう。


さて、人間の場合にもこの感受性期はあるのでしょうか?
アメリカのレネバーグは失語症の回復過程が
大人と子どもの場合では違う、ということから
「人間のことばの学習にも感受性期はある」
と言いました。
そして、人間の場合は
ことばの臨界期は10代初めだとしたのです。

このレネバーグの説はあくまで「仮説」で
現在では異論も多いのですが
海外在住の経験者の事例から見ても
10歳頃までがことばを学習しやすい時期というのは
確かなようです。

10代初めまでの子どもは
人間社会で生活しているだけで
自然に学習し、言語を習得していくのです。

そして、この「感受性期」を過ぎてしまうと
急速にその言語の発達の能力は低下してしまいます。
この時期に習得されなかった「言語体系」は
一生欠陥を持ったままになってしまうというのです。
つまり、人間にも「年齢的な限界」はあるらしい!

きゃー大変! じゃあ子どものうちになんとしてでも
英語をやらないと〜と焦ってしまいそうになりますが、
ちょっと待ってください。
ここで「英語または第二言語」に先走ってしまったら
大事な大事なことを見落とすことになっていまいます。


思考は言語そのもの!
だからこそ、のおとしあながあるのかも?


バイリンガルという呼び名は有名ですが、
セミリンガルという言葉をご存じでしょうか?
一見、複数の言語を自由に操っているように見えても、
その語学力はどちらも年齢相応のレベルに
達していないというものです。

海外で暮らす子女が増えている今
このセミリンガルは
重要な問題となっています(注)。

セミリンガル:
セミリンガルという言葉は発達途上にある
子どもに対して使うときは
教育的でないという意見もあるので
「ダブル・リミテッド」「二言語低迷型」
と言い方をすることもあります。



複数のことばがぺらぺらでなんの問題もないじゃないの?
とおもわれるかもしれません。
でも、「思考は言語そのもの」です。
抽象的なものを考えるときは
頭の中でことばを使って考えます。
だから、年齢相応のことばを一つも持たない場合
「複雑な思考」に耐えうることができないのです。
たとえ、会話力があったとしても。

極端な話、数カ国語ぺらぺらだとしても
実際テストをしてみたらどれも
「幼児レベル」ということもあり得ます。
幼児レベルでも「ぺらぺら」にはなりますから、ね。

そして、感受性期を過ぎてしまうと
その言語体系は一生欠陥を持ったまま!
と書きました。

考えるために必須である「母語」を
感受性期に完成することができなかったら
取り返すことは極めて難しいことに
なってしまうのです。

このことを、京都大学霊長類研究所の
正高信男助教授が端的にこう仰っています。

──母語がおぼつかない段階で
  英語など別の言語を同時並行で
  教えることは、子どもの脳を混乱させるだけです。
  最悪の場合、どちらの言語も
  まともに話せないこともあります。

こう考えると、「10代初めまでのタイムリミット」
がまた別のものに見えてきますね。

ってことは、早期英語教育は全て害なの〜?
という不安が生まれますが
そういうことはありません。
「バイリンガルの科学」の著者である小野博氏は
「母語に影響がでるほどでなければ
 毒にも薬にもならない」と書いています。

週1〜2回の英語のレッスン程度では
まず問題にはならない!ということです。
逆に言うと、それ位だと英語が身に付く期待も持てない
ということにもなってしまいますが。うむむ。

本当に幼児の時から英語を身につけたいと思うのなら
「その子の日本語がおかしくなるくらい英語漬け」
にしなければ意味がない、とのこと。

でもそのような環境を「用意」した場合、
先に説明したとおり
「母語が一生身に付かないかもしれない」
キケンが生まれます。

でも、カナダのような国では
バイリンガル教育が成功しているし、
ヨーロッパでは住民がみな当然のように
何カ国語も操っている国もあるじゃないの?
という声も聞こえてきそうです。

次回の後編は、そのあたりに加えて
「日本人の不得意とする“r”と“l”の発音は
 いつまでに身につけると良いの?」などのお話を
させて頂きますね。




参考文献
バイリンガルの科学 小野博 講談社
小学校でなぜ英語? 大津由紀雄他著 岩波ブックレット
赤ちゃん学を知っていますか? 産経新聞「新・赤ちゃん学」取材班 新潮社
赤ちゃんと脳科学 小西行郎 集英社新書
日経サイエンス 2003年8月号

参考サイト
文部科学省 「脳科学と教育」検討会

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2004-02-20-FRI


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