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オリジナリティって、なんだろう?
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第2回 こんなにも沢山作ってしまった理由。


ほぼ日 もともと、安居さんは、どうして
こういうものを大量に作っているんですか?
安居 ぼくの中で、これは、
「人に見せるものじゃない」
という前提で、
今まで、やってきたんですよ。

こういうものを作っているのは
「すごくかっこわるいことだ」
と思っていました。

もともと、他人に見せるのだって、
「こいつには、見せても誤解はされないな」
という人間関係が築けてはじめて、でしたし。

小学校の二年生ごろから、
針金の人形で遊んでいたんです。
で、それに服を着せたり、
マントをつけたり、
プロテクターをつけたり……
エスカレートしていって、
こういうものに変わっていった、
っていうことなんです。

ガンダムブームの中で、
ガンダム的な世界観の
ロボットを作っていきました。



ただ、ちょうどその頃、
プロレスブームも来ていて、
このロボットも、武器で戦わせるより
肉弾戦をしたほうが、
アニメでロボットどうしが戦って
「ギュッ」と歪むイメージだとか、
プロレスでマットに
「バン!」と叩きつけられるイメージに近い、
と思いました。そのほうがリアルだ、と。

プラモデルも買って作ったんですけど、
プラモデルって、動くようで動かないですよね。
「人間は、もっと歪むんだ!」
子どもながらに、そこにこだわりがあったんです。

プロレス的な世界観も含めて、
このロボットができたのが、五年生。

そのときに、二体をリングで戦わせたのが、
最初の試合でした。

その後、六年生まで、
十体か二十体ぐらい作って
ひとりで遊び続けたんですけど、
小学校を卒業したら、
さすがにこういうものは卒業しよう
と(笑)。
もう、ぜんぶ箱に入れて、
押し入れの奥に隠しておいたんですね。

封印。

その箱をもう一度開くのは、
十八歳で、芸術系の短大に進んだときですね。
なんで作ったかは覚えていないんですけど、
なんか、三体ぐらい作って学校に持っていったら、
ともだちがすごいおもしろがってくれて……。

「もしかしたら、これはアリかな?」
自分でそう再認識したので、
子どものときに作っていたやつも、
ひっぱり出してみた。
そうすると、セロテープとかも痛んで、
バリバリとはがれてたんです。

「かつてのキャラクターをリメイクしよう。
 魂だけを移動させよう」
そんなことを思っても、
昔と動きがぜんぜん違うものができてしまう……。

だから、昔に作ったやつを
ぜんぶ分解して、厚紙に貼り直したり。

工夫をしているうちに、プロレスによくある、
世代闘争のような感覚が出てきて
「あぁあ、オレ、リアルなことをやってる!」
と思ったんですよ。

そこから、こいつが師匠で、
そいつはここに弟子入りした新人だとか、
そういう時間軸で遊べると気づいたら、
もう、どんどんハマっていっちゃって、
今に至る──。


ほぼ日 (笑)今に至る!
安居 どんどん作って数が増えていくと、
同時にすべてのカミロボで遊ぶのは無理になったので、
二つ三つ新団体の箱を作って、今日はこの箱で遊ぼう、
明日はまた違う箱で遊ぼうという感じで
ひろがっていきました。

格闘技系団体、デスマッチ系団体、
師匠と弟子の関係、同期の関係、
移籍、団体どうしのいざこざ──
そんなことを、ずっと妄想の世界で遊んできて。
ほぼ日 「団体の借金の返済」とか、
ちゃんとメモまでしてある……(笑)。
安居さん、ふだんは
どういう仕事をしているんですか?
安居 何年か前からフリーで造型をやっています。
フリーになるまでは
ヒーローものの着ぐるみを作る仕事をしたり
プロレスラーのマスクとかコスチュームを
作ったりしていたんですが、
一人で仕事をするようになってからは
フィギュアの原型の仕事が多くなりました。
ほぼ日 カミロボは、仕事のペースの中では、
いつ、作るんですか?
安居 仕事を終わらせた夜の自分の時間に
2〜3時間でサクッと完成させます。
作業的には気持ちのスピードと
形になっていくスピードがすごく近く、
3時間くらいだと集中したまま一気に完成するので
楽しいです。
遊ぶのは晩酌しながら小一時間って感じです。

(明日に、つづきます!)

2004-03-18-THU

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