高校を卒業して、私たちは別々の大学に進んだ。
大学生になったYは、品川のスターバックスでアルバイトを始めた。
私はときどき、彼女のシフトが終わる時間にそこを訪れて、
オススメのドリンクを聞きながらレジを打ってもらい、
仕事を切り上げたYと一緒に
カウンター席に座ってコーヒーを飲んだ。
「ラテにヘーゼルナッツシロップを足すとおいしいよ」
「チャイティーラテは、“オールミルク”で注文するといいよ」
「スコーンには、ホイップクリームを足すといいよ」
アルバイトをしている間、Yはいろんな裏技を教えてくれた。
どれもおいしいものばかりだったので、
私は今でも、Yに教えてもらったメニューをよく注文している。
大学受験の話は、就職活動の話になり、
かわいらしい片思いの話は、彼氏の愚痴になり、
ファッションやメイクの話もするようになった。
少しずつ変わったこともあったけれど、
やっぱりスターバックスは、
家でも学校でもできない話をする場所だった。
***
大学を卒業して、私は渋谷のPR会社に就職した。
Yは、有名なアパレル企業に入社して、
二子玉川のデパートで働いていた。
会社の同期、先輩、上司。
大学時代の友人や、彼氏。
社会に出たばかりの私たちは、日々新しいことで忙しく、
それでいて、手放したくないものもたくさんあって、
いつもいつも、時間が足りなかった。
二人の休みはなかなか合わなくなって、
一緒にスターバックスに行くことは、ほとんどなくなった。
***
久しぶりにYと一緒にスターバックスに行ったのは、
27歳になる年の春だった。
私は、その年の秋から2年間の海外赴任が決まり、
出発前にゆっくり話そうよ、ということになったのだ。
仕事が終わったあと、渋谷・道玄坂の奥にある魚料理の店で
久しぶりにYに会った。
アパレルの仕事をするようになってから、
Yは目に見えて垢抜けた。
アクセサリーのつけ方もメイクも
私よりずっと洗練されていて、
高校生の頃からほとんど変わらない私は、
Yの変化を、少しだけ羨ましく思った。
お刺身や焼き魚を食べて、一通りの近況を話したあと、
どちらからともなく「スタバ、行かない?」となり、
近くにある24時間営業のスターバックスに寄った。
ドリンクを注文して、2階の小さなテーブル席に座ったとき、
「彼氏が近くにいるんだけど、呼んでもいいかな」とYは言った。
10年以上の仲になるのに、
付き合っている人を紹介してもらうのは、初めてだった。
私たちは2人でいることが多かったから、
他の誰かと一緒にいるYを見るのは、
なんだかとても新鮮だった。
高校生の頃の私たちは、
お互いにしか話せない秘密があって、
その日にあった嬉しかったことも、悲しかったことも、
お互いのことをなんでも知っていた。
だけど今はもう、そうじゃないんだなあ。
当たり前だけど、YにはYの世界があり、
私には私の世界がある。
年に1回会えるか会えないかの私たちは、
お互いに知らないことがたくさんあった。
Yはもうチャイティーラテを飲まなくなって、
私もカフェモカを飲まなくなった。
それは、「寂しい」とも「悲しい」とも言い表せない
不思議な気持ちだった。
3人でどんな話をしたかは、ほとんど忘れてしまったけれど、
「いつもYから、べっくやさんの話、聞いてますよ」
と言われて、恥ずかしいような嬉しいような
くすぐったい気持ちになったことは、覚えている。
Yと一緒にスターバックスに行ったのは、それが最後だ。