目よ、泳げ。 そして、カツカレーを得よ。 しりあがり寿×糸井重里

第10回 自問自答のすすめ。
糸井 学生のときの自分と、
仕事するようになってからの自分の大きな違いって、
さっきのカツカレーの話とか、
先輩のボーナスの話に象徴されるように、
獲物を手にできるっていうことなんですよね。
しりあがり ああ、そうですね。
糸井 それは、ぼくが釣りをはじめたときに
感じた喜びと同じなんですよ。
その、自分の力で魚を釣り上げたときに
オトナになったようなうれしさがあったんです。
しりあがり なるほど。
糸井 オレが獲ったんだ! って言える喜び。
その誇らしさ、うれしさ。
その快感ってほんとに大きいから、
釣ったあとに平気でリリースできるんですよ。
だって、獲った喜びはもう味わったから。
社会に出て、はじめて自分で
お金を稼いだときのうれしさって
それと同じことだと思うんです。
しりあがり そう思いますね。
だから、なんていうか、
働いて自分でお金を稼いではじめて
自分自身の経営権を手に入れたという感じ。

糸井 あーーー、なるほど。
しりあがり それまでの自分って、
なにか自分のことなのに、
自分の下っ端として生きてるような感じなんだけど、
働きだしてからは、
自分が自分の社長、みたいな。
どう稼ごうと、なにに使おうと、なにに投資しようと
自分の勝手じゃないですか。
だから、ぼくが就職したときに感じたうれしさって、
「せいせいした」っていう感覚に近かったんです。
糸井 なるほど、なるほど。
思えば、子どもって、
自分で決裁ができないという以前に、
自分の力が及んで思うがままになるっていうことを
禁じられているんですよね。
お母さんとか、社会とかに。
しりあがり そうですね。
糸井 それが自己決裁できるようになるという喜び。
と同時に、決裁する怖さもあるんでしょうね。
ぼくのなかにも、若いころに
「働きたくないなぁ」という思いはありましたけど、
それは、自己決裁することが
ちょっと怖かったんじゃないかと
いま、思いました。
しりあがり それは、いまでも、どっかにありますよ、ぼくは。
糸井 ああ、そうですか。
しりあがり ええ。永遠になくならないかもしれない(笑)。
いまだって、なにかに責任転嫁できないだろうかって
つねに考えていますね。
糸井 もう、できないでしょう(笑)。

しりあがり だけど考えちゃうんです。
いや、でも、ほんとに、
随分、考えますよ。いまでも。
糸井 いまだに問いかけているんですね。
それはそれで、すごいですよ。
しりあがり いえいえ、そんな(笑)。
糸井 なんていうんだろう、
自問自答する量が多いんですね、しりあがりさんは。
その、自分が自分に応答する量が、きっと、
あのシュールな漫画の世界になっているんだね。
つまり、あそこに吐き出されているんだろうな。
しりあがり そうなんですかね。
糸井 でも、自問自答することってほんとに大切なことで、
けっきょく、この「就職論」にしても、
「何が大切か」という話にしても、
自分で自分に真剣に問いかけることだと思うんです。
つまり、みんなが考えているような、
つまんないことをうろうろ考えるっていうのが
いちばん毒なんですよ。
仮に、社会に出て働いたら、
当たり前に自分だけの問題にぶつかりますよ。
それは、人の借り物のような悩みを
なんとなくぐだぐだ考えるよりよっぽどいい。
しりあがり そうですね。だからぼくは、
就職について悩んでいる人がいると、
「働きゃいいのに」ってふつうに思っちゃうんです。
糸井 それと同じ意味で、吉本隆明さんは、
「引きこもれ」って言ってるんです。
どういうことかというと、
「自分だけの悩みをちゃんと見つめろ」
ということなんです。
しりあがりさんの「働きゃいいのに」も、
吉本さんの「引きこもれ」も、
自問自答っていうものの重要さについて
同じことを言ってると思うんです。
しりあがり いまって、いろんなメディアが
ことばで悩みをまとめてしまうんですよね。
「時代の悩み」とか「これからの課題」とかって。
糸井 それに引きずられちゃうのがいちばん困るんです。
しりあがり それを考えはじめたって、わかんないですよね。
それより自分の目の前にあることをなんとかしなきゃ。
糸井 そうそうそう。
要するに、余計な幻想に取り巻かれて、
ぐるぐる目を回しちゃうっていうのは
もったいないのひと言なんですよ。
しりあがり だから、まずは、自分のことを。
糸井 うん。そこに座って考えるといいよ、みたいなね。
しりあがり そうですね。




(しりあがり寿さんとのお話は今回で終わりです。
 お読みいただき、ありがとうございました)


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2007-04-26-THU

イラスト : しりあがり寿 (C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN