イセキさんのジュエリー雑記帖

ロンドンを拠点に
アンティークや
ヴィンテージの
ブローチを探し、
ご紹介していた
イセキアヤコさんの
人気コンテンツ

リニューアルして
かえってきました。
雑記帖という
タイトルにあるように、
ジュエリー全般に
まつわるあれこれを、
魅力的なエッセイと
写真でお届けします。
不定期更新です。

profile

イセキアヤコさんプロフィール

京都出身。2004年よりイギリス、ロンドン在住。
アンティークやヴィンテージのジュエリーを扱う
ロンドン発信のオンラインショップ、
tinycrown(タイニークラウン)
を運営している。

Vol.24 バネ

ジュエリーにおけるアンティークの定義は
「制作から100年以上が経過したもの」。
そのため、実際に作り手に会える機会は皆無である。


中には、細部まで計画的に仕上げる几帳面な職人も
いただろうし、ポイントだけおさえて、あとは
気の向くままに作るのが好きな人もいたかもしれない。
いずれにしても、そういった作り手の性格は
品物からなんとなく伝わってくるので面白い。


たとえば、上の写真のブローチ。
大きさは22x22x10mmとかなり小さめ。
宝石が使われているわけでもなく、
金やプラチナ製でもない。
けれども、この品を私はとても気に入っている。


数年前、イングランドにある田舎町の骨董屋で
このアンティークブローチに出合った。
店頭の、ジュエリーが所狭しと並ぶ
ガラスケースの中をしばらくじっと眺めていた私は
そのうちひとつだけ、ダイヤ状に並んだ
ペーストストーンのブローチに目がとまった。
中央に、トランプカードの「クラブ」と思われる
飾りがついている。


「すみません、これをケースから出してもらえますか?」
私がお願いすると、肩ほどまである白髪の女店主は
黒いリボンのついた小さな鍵をレジの中から出してきて、
慣れた手つきで蓋を開けてくれた。


透明なペーストストーン(カットガラス)の
コンディションは申し分なく、
ストーンを留めている爪も綺麗に揃っている。
裏のピンの弾力もよい感じだ。
ただ、真ん中のクラブが手前に飛び出ており、
バネでブルブル揺れる仕組みになっているところが
ちょっと謎だった。同じ時代のブローチは、
たいてい中央の飾りは固定されているか、
揺れるとしても丸カンでぶら下がっているイメージ
だったからだ。


「どうしてここにバネが付いているんでしょう」
私がボソッというと、店主が笑いながら、
でも決して嫌味ではない口調でこう言った。
「どうしてかしら。私にもわからないわ。
きっと、そのほうが楽しいと思ったんじゃない?」


ああ、確かにそうかもしれない。
当時のジュエリーは形のひとつひとつに
意味があったり、宝石の色にすらメッセージをのせて
作られたものがほんとうに多かったから、つい私は
そういう色眼鏡で品物を見てしまいがちだ。
けれども、中には
「なんとなくいいかなと思って作った品」だって
あったに違いない。いや、全然あっていい。

たぶん、このブローチを制作した人は、
独自の面白いアイデアが浮かんだら、
ためらわずに形にする、
器用で行動力のある人だったのだろう。
作業にたとえ手間がかかったとしても。
クラブの裏についている
溶接しにくそうな細いコイルを見て、私は思った。


「これ、ください」
私が財布を取り出すと、
店主は、藤色のやわからい薄紙でブローチを包んで、
小花柄の小さな封筒にそれを入れてくれた。


たとえ作者に会えなくても、楽しそうに作ったことが
わかるアンティークジュエリーにこれからも出合いたい。
そう思わせてくれるブローチだった。

 

2020-05-20-WED

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