第4回 価値観は変わる。また、変えることができる。
糸井 「人の考えが変わること」について
ダイアモンドさんの考えをお聞きしてみたいのですが、
まずぼくの、小さな例からお話をさせてください。

ぼくは以前、自分が煙草を吸っていたとき、
煙草の煙がこもっている場所のことを
とくに環境が悪いとは思っていませんでした。
「煙草の煙がこもっている場所は嫌だ」
と言う人のことを
「気にしすぎじゃないの?」と
思っていたこともあります。

ですが、今のぼくは
煙草をやめて10年くらい経つのですが、
すっかり感覚が変わってしまって
「煙草の煙がこもっているから、あの店は行けない」
なんて思うようになったんです。
その「行けない」も、頭で思うのではなく
生理的に無理になってしまったんです。
そんな自分に気づいたとき、ぼくは
「たった10年で、同じ人間の生理的な反応が
 これほど変わるんだ」
ということに、けっこう驚きました。
また、同時にその
「自分の心の変わりやすさ」について
しっかり覚えておこう、とも思いました。

ダイアモンドさんはそんな
「人の考えが変わること」について
どんなふうに思われていますか?

ダイアモンド 今のお話から思い出した
ご紹介したい言葉がひとつあります。
それは
「シフティング・ベースライン
 (shifting baselines)」
という言葉なんですが、これは、
「物事を考えるためのベースになる
 価値観が変化すること」
とでも言えばいいでしょうか。
同じ結果であっても、
価値観が変われば見え方は異なりますから、
その「価値観の変化」に着目して
考えていく必要がある、という考え方です。

例をあげると、たとえば
私が子供のころのボストンでは、
毎年冬になると、2〜3メートルの積雪がありました。
ですが、年々気候が温かくなってきていて、
今のボストンでは、
そこまで雪が積もることは滅多にありません。
そのため私が子供のころはみんな、
2〜3メートルの積雪を
当たり前だと思っていたのですが、
今はみんな、あまり雪が降らないボストンが
当たり前だと考えるようになっています。
糸井 みんなの持っていた
「普通の雪の量」という価値観が、
変わったんですね。

ダイアモンド そうなんです。
それも、ボストンの積雪量は長い時間をかけて
すこしずつ減りましたから、
人々が自分たちの価値観が変わっていることに
あまり意識を向けることもなく、
いつのまにか大きく変わっていたんです。
少しずつ変わっていくと
人って案外、気づかないものなんです。
糸井 なるほど。
ダイアモンド また、逆に、
状況のほうをゆっくり変えていくことで、
人々の価値観の部分を
最終的に大きく変化させることもできます。
糸井 と、いいますと?
ダイアモンド たとえば、フィンランドやポルトガルでは、
少しずつ状況を変えていくことで、
多くの病気の原因となっていた
人々の過剰な塩分摂取量を
大きく減らすことに成功したんです。

なにかというと、
人々の塩分摂取量を減らすためには
加工食品の塩分を減らす必要があるのですが、
そうした加工食品の塩分を
一気に制限して減らしたりすると、
塩気の多い食品に慣れている人々は
あまりに味が薄いと感じて、
とても食べられなくなってしまいます。

ですから、最初は加工食品に入れる塩分量を、
普通の消費者には塩気が減ったことがわからないくらいの
10パーセント減からはじめて、
3年経ったらまた、もう10パーセント減らす。
また3年経ったら、もう10パーセント。
そんなふうにして、塩分の量を
3年ごとに10パーセントずつ減らしていき、
30年後には、65パーセントの塩分を
減らせるようにしたんです。

そして、このやりかたですこしずつ
人々の塩分摂取量を減らしていったフィンランドでは、
心筋梗塞の発生率が70パーセント下がり、
脳梗塞の発生率も下がったという結果も出たんです。
糸井 すごいなあ。
ダイアモンド それで私は、日本も世界の中で、
塩分摂取量が特に高い国のひとつですから
同じようなやりかたが役立つかもしれない
と思うんです。
日本の、特に東北地方は塩分摂取量が高くて、
今は当時より減ったようなのですが、
1980年の統計だと、
当時の秋田県の人たちは1日につき、
ニューギニアの人たち2年分の
塩分を摂取していたんですね。
糸井 あ、そんなにだったんですか。
ダイアモンド ええ。
糸井 ちなみに、ダイアモンドさんご自身にとって、
自分が当たり前に思っていた価値観が
いつのまにか変化していたようなことはありますか?

ダイアモンド そうですね、今、私は75歳なんですけど、
5年前、もうじき70歳の
誕生日を迎えるというとき、私は
「うわ、70か、おじいさんになっちゃうな」
と思ったんです。
でも実際、70歳の誕生日が来ても
何も変わることはなくて、
とくに年をとった感じもしなかった。
ですがその1年後、
71歳の誕生日を迎えたときに、突然、
「うわっ、ショック、
 本当に70代になってるんだ」
と自覚しました。
70歳のときの私は
まだずっと60代の気分を持ち続けていて、
いきなり71歳になったときに、
現実に向き合って、驚いたんですよね。
これも、状況の変化がとても小さかったので
気づかなかった、という例ですよね。
糸井 (笑)
ダイアモンド いつのまにか価値観が変わっていた、
ということでいうと、
70代という自覚ができてきたここ数年、
昔は全くやらなかったのに
毎日よくやっているな、ということがでてきました。
なにかというと、
「自分はあと何年生きるのかな」
「あと何回、東京に来れるかな」
「あと何回、ロンドンに行けるかな」
「あと何冊、本を書けるかな」
「マーラーの九番を聞けるのは何回かな、
 1、2回かな」
「行きたかった南極に妻と一緒に行けるかな。
 行けるのならすぐ行かなきゃな」とか、
急にそういうことを
毎日考えるようになったんです。
糸井 それはやっぱり、70のタイミングですか。
60ではない?

ダイアモンド 60代のときの私はもう、
永遠に生きると思っていました。
糸井 全部そこから10ずつ引くと、
ぼくも同じように考えていますね。
ぼくは今、64歳なんですけど。

ダイアモンド 本当ですか、お若い。
糸井 ダイアモンドさんも若く見えますよね。
お互い、不思議ですね(笑)。

ダイアモンド (笑)

(つづきます。)

2013-03-07-THU

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