祝! 『絆回廊 新宿鮫X』完結記念スペシャル企画 太田和彦+大沢在昌の 居酒屋幼稚園

大沢 和田誠さんの『お楽しみはこれからだ』という
シリーズが、あるじゃないですか。
太田 あれは素晴らしいですね。
名画の名台詞と、和田さんのイラストで。
大沢 ぼくも大好きな本だったので、
観てない映画でも
その作品の名台詞・名シーンというものが、
まるで観たことあるかのように
頭のなかにあって(笑)。
太田 観てない映画を読んで満喫させるのは、
まさしく文章の力です。
大沢 ええ、そうですね。
太田 実際、むずかしいんですね。
観てない人に向かって映画の話をするのは。
大沢 でも、うまい人が語ると‥‥。
太田 観たくなる。
大沢 あるいは、観たような気になっちゃう。
太田 文章につられて映画館へ足を運び、
観終わったら一目散、
家に帰って、またその文章を読む‥‥。
大沢 はい。
太田 で、いちいち、
「そのとおりだった、そのとおりだった」
って頷くんです(笑)。
大沢 わかります、わかります。
太田 ぼく、居酒屋の本を書きはじめたときに
いちばん参考にしたのは、
映画評論家の山田宏一さんの文章ですね。
大沢 そうなんですか。
太田 山田さんの書かれた映画の本を読むと、
日本で公開されたフランスの作品なんかを
とても上手に紹介していて、
どうしても観たくなっちゃうんですね。
大沢 ええ、ええ。
太田 でね、案の定、観に行っちゃう。

それでね、さっき言ったみたいに
家に帰ってから
山田さんの文章をもういちど読む‥‥。
大沢 嬉しそうに語るなぁ(笑)。
太田 すると、あの作品を見て
山田さんは、こういう文章を書いたのか、
こういうふうに表現したのか、
なるほど‥‥と、
たいへん勉強になるんですよ。

あの押し引きの加減‥‥あれが理想。
大沢 へぇ、源流はそこなんですか。
太田 だから、ぼくの居酒屋本を読んで、
だれかがその居酒屋に行きたくなって
実際に足を運んで、
酒や肴を美味しく味わって
家に帰ったら
ぼくの本を取り出してね、
「あぁ、そうだった、そうだった」って
もう一回、楽しんでもらう‥‥。

そんなのを目指してるんですが。
大沢 すでに、そういう読まれかたを
してると思いますよ、太田さんの本は。
太田 そうだと、いいんだけど。

‥‥あ、これほうたれっていうの、
ちっちゃなイワシ。
大沢 へぇ、干物ですか‥‥カボスをしぼって。

‥‥でも、ひとつ、おもしろかったのは
和田さんご自身も
どこかに書いてらっしゃるんですけど、
『お楽しみはこれからだ』は
「自分の記憶だけに頼って書いたんだけど
 改めて観かえしたら
 そんな名セリフはなかった」
という(笑)。
太田 まぁ、ビデオのない時代だったから、
しかたないよね(笑)。
大沢 うん、それはそれで、いいですし。

あ、あと、お聞きしたいことがあって、
太田さん、
フィルム・ノワールについては?
太田 チョー大好き。
大沢 やっぱり。
太田 この間も新文芸坐で
1週間「シネマ・クラシック」をやってたから、
『勝負(かた)をつけろ』とか
『ギャング』とか
『ベラクルスの男』を観てきたんです。

‥‥もう、何回も観てるんだけど(笑)。
大沢 やっぱり、
ぼくらの世代とは微妙にちがいますね。

フィルム・ノワールっていうと、
ぼくなんかは
ロベール・アンリコと
ジャン=ピエール・メルヴィルとか、
そのあたりだから‥‥。
太田 メルヴィルはね、ついに全作品を観ました。
大沢 ぜんぶ? すごいですね。
太田 日本で、メルヴィルをぜんぶ見てるのは
たぶん、ぼくともう1人だけ。
大沢 すごいなぁ‥‥。

でも、ぼくがいちばん好きなのは
作家ジョゼ・ジョバンニみずから監督をした
ジャン=ポール・ベルモンドの‥‥。
太田 『ラ・スクムーン』?
大沢 そうそう、あれが大好きなんです。
太田 ジョバンニはね、この間も観たんだけども、
もうひとつ甘いんだよなぁ。
大沢 え、甘いですか?

ぼくは、ベルモンドの
時代に取り残されていく男の姿
すごく好きなんですけど‥‥甘い?
太田 甘い、甘い。
大沢 そうかなぁ‥‥。
太田 でもね、ぼくは、映画でも居酒屋でも、
こうやって言葉で表現する、
言葉に置き換える‥‥っていうのかな。

そういうのが、好きなんだ。
大沢 あ、それは、すごくわかります。
世代的なものも、あると思うんですけど。
太田 うん、そうかもね。
大沢 また太田さんのファン話になっちゃうんだけど、
『ニッポン居酒屋紀行』のなかで
「ぼくが銀座の会社に通ってたときに‥‥」って
ときどき、おっしゃるじゃないですか。
太田 ええ‥‥。
大沢 ぼくは太田さんの大ファンですから
「銀座っていうけど
 なんていう会社にいたんだろうな。
 むかしは電通も銀座にあったけど、
 広告代理店系かな。
 太田さんはデザイナーだからな‥‥」
とか、いろいろ考えて。

あるとき資生堂にいらしたって聞いて
すごく、納得したんです。
太田 あ、そうですか。
大沢 だって、資生堂のいちばんいい時代でしょう?
太田 そうだったかもしれない。
大沢 それこそ資生堂・松下・サントリーが
CM御三家と呼ばれた時代の。
太田 ええ。
大沢 そんな時代の資生堂ですから、
きっと、いい映画に触れ、いいお芝居に触れ、
おいしいもの、おいしいお酒に触れ‥‥。

であるならば、
当然「いい活字」に触れてないわけが
ないだろうと。
太田 いや‥‥ぼくは本当に恥ずかしいぐらい
本を読まないんです。
本を読む暇があったら、映画だったから。

ぼくがいた資生堂宣伝部は
自由な空気があって、
しょっちゅう
会社を抜け出しては映画館に通ってた。
大沢 でも、本を読んでないのに
どうして
あんなにいい文章をお書きになれるのか、
ぼくには不思議ですね。
太田 うーん、自分ではわからないんだけど‥‥。

不思議というなら、
日本の居酒屋をめぐる旅‥‥なんてものが
よく10年も続いたなぁと、
そっちのほうが、よほど不思議です。
大沢 それは、価値があるからですよ。
太田 他に10年も続けた仕事なんてないから、
ぼくの代表作は
あの番組ってことになっちゃうのかなぁ。
大沢 いいじゃないですか。
太田 お恥ずかしい限りです。
大沢 ‥‥ぼくの好きな場面、言ってもいいですか?
太田 まいるなぁ(笑)。
大沢 品川寂れた天ぷら屋に行ったあと、
いきなり
今風のバーに入った回とか好きです(笑)。
太田 ああ、あれは‥‥
同じ東京でも、品川で酒を飲むというのは
六本木や銀座とはぜんぜんちがって
ものすごく
ロンリーハードボイルドな気分になる。

おかげで男の哀愁
流浪の番組風になりましたね、あのときは。
大沢 太田さん、そのバーで
品川心中とかいうオリジナルカクテル、
飲んでませんでした?
太田 よく覚えてるなぁ‥‥そうそうそう、
あれがさ、
ものすごく寂しい味がするんだよ。
大沢 「寂しい味」(笑)。
太田 飲めば飲むほど
どんどん気分が沈んでいくんです。
お酒なのに‥‥。
大沢 あはははは‥‥あとはホラ、
仙台の、路地をちょっと入った、あの‥‥。
太田 源氏ね。
大沢 そう、それ!

若いころ、さぞかし美人だったと思われる
女将さんがいらっしゃって。
太田 あそこは早く行ったほうがいい。
大沢 そうですか(笑)。
太田 うん、舟みたいなカタチの、
うんと盛り上がった独特の髪型の女将でね‥‥
あそこは、いい店です(断定)。
大沢 それと、北海道の炉ばた焼きの店かな。

えんえん、
ばあさんがキンキを焼いてる‥‥。
太田 大学ミツさんね。
大沢 あの店も、行ってみたい店のひとつです。
太田 そうだ、ぼくと大沢さんで、
日本の居酒屋をめぐる連載なんて、どう?
大沢 ええーっ、光栄ですけど、荷が重いですよ、
ぼくなんかには。

だって、太田さんにくらべたら、
居酒屋については
幼稚園児みたいなもんですから、ぼくは。
太田 じゃあ
「大沢・太田の居酒屋幼稚園」
ってタイトルで(笑)。
大沢 太田和彦の横で「焼きおにぎり!」と叫ぶ
俺がいた‥‥みたいな?

うーーん‥‥。
太田 だったら、連載とまでは言わないからさ、
雑誌グラビアでドカーンと一発、やったろまいか?
大沢 じゃあ条件。

1軒目は居酒屋に行くんだけど、
2軒目はバー、
最後はおねぇちゃんがいる店に、行く。
太田 つまりホーム&アウェイ方式ね。
大沢 居酒屋に関しては、太田さんの独壇場です。

バーでは、ふたりがつばぜり合い。

でも、おねぇちゃんのいる酒場に関しては、
オレのほうが
ぜんぜん金も時間も使ってますから‥‥。
太田 フン。
大沢 それなら、おもしろくない?
太田 ぼくは、そういう女性がいる店だと
「あぁ、どうしよう」となるから‥‥。
大沢 いや、けっこうフタを開けたら
太田さんのほうがモテちゃったりしてさ。

「マジかよ太田さん」
「また太田さんにもってかれたぜ」

みたいな展開に毎回なったら
逆に、おもしろいかもしんないな(笑)。
太田 じゃあ釧路だね。場所はね。
大沢 あ、釧路、いいですねぇ。
太田 いい居酒屋とバーは、ありますから。
その、女性のつくお店も‥‥。
大沢 あるでしょうきっと。霧の深い街だし。
太田 じゃ、釧路三番勝負ということで。
大沢 望むところです!
で、その次は宇都宮三番勝負で。
太田 ああ、いいねぇ、いいねぇ。
今やバーのメッカだしね、あの街は‥‥。
大沢 ええ、ええ。
太田 つまり、今夜は記念すべき第一夜だね。
「大沢・太田の居酒屋幼稚園」の‥‥。

<‥‥つづきます>


2011-04-22-FRI