HABU
ハブの棒使い。
やればできるか、晴耕雨読。

その32 幸福感に包まれたある冬の日

奄美大島の最高峰は湯湾岳で、694mです。
たかだか700m未満の山に過ぎませんが、
沖縄県の最高峰は石垣島の於茂登岳526mですので、
これでも渡瀬線以南で最も高い山なのです。
そして湯湾岳一帯には手つかずの原生林が残っています。
冬晴れのある日、この山を散策してみました。

12月というのに木々は緑の葉をたわわに茂らせ、
紅葉もなければ、落葉もありません。
常緑広葉樹の森ですので当然なのですが、
本土から来た人の目には異様に映るかもしれません。
柔らかい冬の日差しを浴びた森は、
それでも夏に比べるとずいぶん優しい表情をしています。
下草が少なくて歩きやすいし、
陽光の照り返しもなく快適です。
気持ちがいいから、通常のルートを外れ遠回りしよう。

小さなドングリがたくさん落ちています。シイの実です。
シイの実は鳥やクロウサギ、ネズミたちの好物です。
東北の山でブナの林が生物たちをはぐくむように、
奄美の森ではイタジイが豊かな生物層を支えているのです。
ところどころ地面が乱暴に掘り起こされています。
この狼藉、リュウキュウイノシシが餌をあさった跡です。
見上げると、立派な植物が樹木の幹にとりついています。
シマオオタニワタリ。あそこにも、またあっちにも。
転々と、まさに谷を渡っているかのよう。


その15でも登場したシマオオタニワタリ

陽だまりに出ました。ちょっと休憩します。
すると、あちらこちらから鳥たちが姿を現します。
シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラ。
ウグイス、メジロ、サンショウクイ。
シロハラ、そしてルリカケス。
一羽の鳥が去ると次の一羽。一つの群れが去ると別の群れ。
見飽きることがありません。

とはいえ、いつまでも見ているわけにもいきません。
腰を上げて頂上を目指します。
山頂に近づいたところで、林床をなめるように見渡します。
イジュの樹の根元、枯れ葉の間。
あった、ユワンツチトリモチの花。
湯湾岳の頂上付近にだけ自生する固有種の寄生植物で、
この時期、赤いイチゴみたいな花を咲かせます。
今日の目的は、実はこの花を見ることだったのです。


キノコのようなユワンツチトリモチの花

帰りはうきうき気分で一気にくだって、トータル4時間。
その間、誰一人とも出会わなかったのです。
山もよし、森もよし、ここにいる自分もまたよし。
この素晴らしい湯湾岳を貸し切り状態。
奄美に移住して本当に幸せだ、と思ったのでした。

2000-12-25-MON
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