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ハブの棒使い。
やればできるか、晴耕雨読。

その31 鳥の世界の「とりかへばや物語」

産院で赤ちゃんが取り違えられ、名前が入れ替わった!
――テレビドラマでよくありそうな安易な設定ですが、
似たようなことが実際にあった話をしましょう。

すべての生物は学名を持っています。
われわれヒトはホモ・サピエンス(Homo sapiens)です。
このHomo〔人の意〕の部分を属名といい、
分類学上近縁の生物は同じ属名を持つことになります。
sapiens〔理性あるの意〕の部分が種小名で、
こちらはその生物固有の特徴を表す名前です。
仮に属名を「姓」、種小名を「名」と考えてください。
ヒトの祖先ネアンデルタール人はHomo neanderthalensis
〔ネアンデルタール(地名)の人の意〕、
ペキン原人やジャワ原人はHomo erectus〔直立の人の意〕
であり、どちらも現生人類と同じHomo属でいわば親戚関係。
猿人アウストラロピテクスはAustralopithecus属であり、
もはや現生人類との親族とはいえないことがわかります。

学名はラテン語による属名と種小名からなっていますが、
他の言語をラテン語化して使用することも可能です。
それにより地名や人名、固有名詞などもよく使われます。
上記ネアンデルタール人のneanderthalensisもそうですし、
極端な例では、日本では野生絶滅してしまったトキの学名
ニッポニア・ニッポン(Nipponia nippon)などが有名です。
ともあれ、学名は世界共通の名前であり、
一度発表されると、分類学上の新知見が出たりしない限り
そう簡単には変更できないようになっています。
このために悲劇が起こったのです。

コマドリという鳥がいます。
夏に日本に渡って来て繁殖し、中国南部で越冬する小鳥。
このツグミ科の小鳥は鳴き声が美しいことで知られ、
ヒンカラカララと響く声が馬のいななきに似ているので、
駒鳥という和名を名乗っているわけです。
英名はJapanese Robin、
学名をErithacus akahigeといいます。
(Erithacusは〔赤い鳥〕の意でコマドリの仲間の属名)

一方奄美や沖縄にはコマドリによく似た
日本特産種のアカヒゲという鳥が一年中住んでいます。
やはり美しい声でヒーヒョヒョヒョとさえずります。
こちらは英名でRyukyu Robinと呼ばれ、
学名ではErithacus komadoriといいます。

種小名をよく比べてみてください。
コマドリがakahige、アカヒゲがkomadoriなのです。
1824年にTemminckという人が学名をつけた際に、
なんと誤って反対に登録してしまったのです。
英名から想像できる通り、
どちらも極東の限られた範囲にしか生息していない、
世界的に見れば分布の限られた鳥です。
日本近辺にしかいない鳥なので、
学名も日本語でつけてあげようという親切心が仇となり、
いきおい取り違えてしまったのでしょう。

ま、当のアカヒゲは人間がどう呼ぼうとお構いなしに、
今日も美声を響かせているわけで。



komadoriの名を持つアカヒゲ

2000-12-18-MON
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