石川くん。
枡野浩一による啄木の「マスノ短歌」化。

さりげなく言ひし言葉は
さりげなく君も聴きつらむ
それだけのこと
 (石川啄木『一握の砂』より)


第26回 さよなら石川くん


石川くんの言葉を、私はまた読み返しています。
   *
『21世紀の日本人へ 石川啄木』(晶文社)は、
石川くんの書いたエッセイや評論を、
21世紀にこそ読み返そうという意図で編まれた一冊。
『弓町より  食[くら]うべき詩』
という有名な一文は、
詩歌に対する石川くんの考えがよく出てて面白いね。
若いころは自らを「天才」の「詩人」だと信じ、
美しすぎる言葉で詩を書いていた石川くん。
だけど結婚したり子供が生まれたりして、だんだん、
もっと地に足のついた詩を書かなくちゃ駄目だって
考えるようになるんだよね。
それは、
〈珍味ないしはご馳走ではなく、
我々の日常の食事の香[こう]の物の如[ごと]く、
然[しか]く我々に「必要な詩」という事である〉、
〈我々の要求する詩は、
現在の日本に生活し、現在の日本語を用い、
現在の日本を了解しているところの
日本人によって歌われた詩でなければならぬ〉、と。
つまり、
現実逃避みたく昔風の言葉づかいで詩を書く詩人を、
石川くんは否定したくなった。
それは結局、
かつての自分自身の否定だったんでしょう?
そして石川くんは、
さりげない言葉で、さりげない短歌をつくった。
それってすごいことだったんだと、やっぱり思うよ。
もしも石川くんの歌の悪口をだれかが言いだしたら、
枡野浩一がゆるさない。
石川くんの悪口を言っていいのは、
石川くんのことをだれよりも理解し愛している、
この私だけだもの。
   *
〈また諸君は、
詩を詩として新らしいものにしようという事に
熱心なるあまり、
自己及び自己の生活を改善するという一大事を
閑却してはいないか〉
……石川くん。
詩を書くことなんかよりも、
生きていくことのほうが大事だって言いたいんだね?
わかるわかる。私も最近はまったく同じ気持ちです。
でも石川くんは、
「自己及び自己の生活を改善」する前に、
こぼれる砂のように死んでしまった。
金田一くんに借金も返さずに!
   *
これからも生きていく私は、
そんな石川くんから、
どれだけ遠ざかることができるだろうと、
今思っています。
いつか石川くんに再会するときには、
石川くんよりもずーっと年上になっていたい。
石川くんをもっと上手にいじめることのできる
立派なおとなになっていたい。
その日まで、せいぜい元気でな、石川。
じゃあまた!

枡野浩一

http://talk.to/mass-no

2000-07-29-SUN

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