糸井 あの、少しは『深夜食堂』の話を
混ぜ込もうと思うんだけど。
小林 あ、はい。観ました?
糸井 観たよ。全部じゃないけど。
小林 はい。
糸井 あれ、原作は漫画なんだけど、
人間がいたことでやっぱり
「なるほど」と思うね。
小林 そうですよね。
僕は、よく原作のほうがよかったとか、
いろんな言い方があると思うんですけど、
これは別もんで、漫画の原作と別に、
優れてるんじゃないのっていうふうに
言ってたんです。
糸井 人がいて、その顔とかその話とか
その素振りとかが、
「あ、いるんだろうな」って思えたほうが、
おもしろいねぇ、やっぱりねぇ。
小林 なるほど。
第1回のときに、松重豊くんのヤクザと
綾田俊樹さんの、小寿々さんっていう
ちょっと年取ったオカマ、
で、不破万作、万ちゃんがキャップ被って
常連客として出てたんですけど、
その小寿々さんがね、
それこそ本当にいそうだなっていうか。
糸井 うん、うん。
小林 なんかちょっとこう、
年取ったオカマの悲哀みたいなものを
感じさせるんです(笑)。
糸井 オンエアのときって、深夜だったけど、
観てる人多かったんですかね?
小林 実際の数字はわからないんですけど、
(視聴率がいいと)
話の中でよく出てきましたね。
糸井 なるほど。薫ちゃんがいろんな仕事してる中で、
「『深夜食堂』出てるね」
って言われる頻度は結構高かった?
小林 初めて入った飯やさんで
「『深夜食堂』観てます」
って声掛けられたりとか。
糸井 あ、そうか。ああー。
食い物で短編にするっていうのは
ありそうだけども、
そんなにはやっぱりないんだよね。
小林 うん。
糸井 もしかしたらここまでやってるのは
ないなぁと思って。
食い物をテーマにしてるじゃないですか、
この食い物じゃなきゃだめよ、みたいなさ。
小林 でも、いわゆるグルメコミックっていうか、
ありますよね。
糸井 それじゃないな。
グルメものじゃないんだな。
何がおいしいかとかの話じゃないんだよね。
小林 うん。でもね、いわゆるこういう
タコのウィンナーで
「これ、うまかったよね」っていう意味での
「うまい」っていうフレーズは出てくるんですよ。
「懐かしいなぁ。これ、うまいよね」
っていうような意味合いでは。
糸井 出てくる。うん。
いわゆるこだわりっていう言葉に
こだわってないっていうか。
小林 隙だらけですもんね。
糸井 いいですよね、そういうのが出てきたのはね。
あれ、最初引き受ける直前っていうのは、
台本が来るんですか?
小林 プロデューサーのかたから
「これをテレビ枠でやろうと思ってるんだけど」と。
さてどういうふうにやるかってなると、
スタジオドラマって
全明かりにしちゃうんですよ。
影を作らないっていう。
テレビ方式でいくと、全部を明るくする。
影がどこからの方向にも掛からないように。
そうすると、まぁ、
要するにベタな絵になっちゃうんです。
糸井 絵で描いちゃうみたいなもんだよね、いわばね。
小林 そうすると、この『深夜食堂』の世界、
いかにも作り物っぽい世界の中で、
もう全体に作り物っぽいようになっちゃうと、
味わいがあまりにもなさすぎるなと思ってたんです。
「たとえば映画の人なんかに
 やっていただくような作り方を
 ちょっと意識しないと難しいかもしれませんね」
とかって言ってて。
映画的っていうのは、
ワンカットでワンキャメでいくと、
そのたびに照明をこしらえるんだ。
そこから先、しばらくは
進展しなかったんですけど。
糸井 え? それは薫ちゃんも
そんな話に加わってるんだ?
小林 最初のときは、そう、
なんとなくそういう話のときに。
糸井 それは役者さんのところに、
そんな細かいところの相談があるの?
小林 これはケースバイケースでしょう。
糸井 珍しい?
小林 珍しいと思う。
糸井 ああ、やっぱりね。
聞いてて、だって新鮮だったもん、すごく。
役者がほとんどこう、
プロデュースに入ってるみたいな。
小林 そういう聞こえ方をするかもしれません。
いわゆるテレビサイドの人だけでやっちゃうとなぁ、
っていう懸念はお互いにあったんです。
で、たまたまうちのスタッフが、
松岡錠司監督と仕事をして
それなりに付き合いがあったんで、
何気に「松岡さん、今暇ですか?
実は小林にこういう話があってですね、
どう思われますか?」って言ったんだ。
「やってください」とはそのときは言わずに、
原作の本をポンと一冊だけ見せて、
「読むわ」って言ってポロッと読んだら、
それ以外のものもすぐ本屋で買ってきて、
一気に読んだらしくて。
「これ、おもしろいじゃん。いけそうじゃん」
って、いきなりドドッと
やる気を見せてくれた。
糸井 へぇ〜。
小林 それで、一気に動き出したんですよね。
糸井 へぇー!
小林 監督っていうのはおもしろい職業の人で、
張り切っちゃうと、レールをどんどん、
どんどん引いていっちゃうから。
山下敦弘監督って、
若手の有能な監督がいるんだけど、
「山下にも声かけたから」とかって言って。
山下さんみたいな監督は、
テレビはやらねぇんじゃねえかぐらいに
俺は思ってたから、
「いや、あいつ俺の後輩だから」って。
大学の話かと思ったら、
ただ名古屋地区出身で
同じだって言ってたんだけど。
一同 (爆笑)。
小林 先輩風吹かせてるんですよ。
糸井 おおー。おお。
地区の先輩(笑)?。
小林 向こうは後輩と思ってるの?
っていうような感じで。
「あいつ大丈夫だから」みたいな。
もう逆らえないみたいな感じで。
それで、トントンと監督の人選も決まって。
そうすると、だいたいそのシナリオも、
そのチームの人たちに
頼んだほうがいいっていうことになっていくから、
かなり映画的スタッフになったんですね。
糸井 ふぅ〜ん!
小林 おもしろい展開になって。
糸井 とっても珍しい話ですよね、きっとね?
小林 僕思うんだけど、奇跡的なことです。
出演してた松重くんも言ってたけど、
「小林さん、これ、奇跡ですよ」って。
糸井 うん。
小林 なかなかそういうふうに
狙ってもなるもんじゃなくて。
出てくれた役者さんたちが、
条件がすごく悪いのに、
本当におもしろがって
ずっと現場にいてくれたりして。
糸井 飯島さんもそうだよね、たぶん。
文字通りの手弁当みたいな。
小林 飯島さんなんか本当に大変ですよ。
普通ドラマの食べ物ってね、
「きえもの」っていうんですよ。
本テス(本番だとおもって演じるテスト撮影)で
見える範囲のものは全部揃えるんですよ。
で、1回芝居やる。
そうすると、それがそのまんま冷えた形で
ラップかぶせて、パンパンと置いて、
照明さんが直したりしてから、
スタンバイかかるんですよ。
で、「本番」っていうと、
普通はそのサランラップを取るだけなんですよ。
糸井 うん、うん、うん。
小林 飯島さんは、まず本テスで
1回本当に熱いものを熱いまんま出す。
お茶漬けなんかもそう。
お茶漬けシスターズっていう
女優3人がいたんだけど、
もうそれで本番のつもりで食べるんだ。
糸井 食べるの(笑)?
小林 「ここでお汁だけ頂ければ、結構です」
とか言ってたのが、
飯島さんが、本番で全部
新品と入れ替えるってわかってるから。
糸井 そりゃ食べるよね。
あてにするようになるよね(笑)。
小林 その手間ってすごく大変なんですよ。
糸井 うん。
小林 だけど、やっぱり変わってくるんですよね。
冷たくて、具が見えないからっていって、
なんかただお汁に漬かってるだけの
ご飯食べるよりかは、
ちゃんとタラコならタラコが上に
丸々乗っかって、
ワサビを当てて食べるっていうのと、
やっぱり全然芝居が変わってくるし。
で、それがもうずっとその状態で、
テストと本番も毎回同じように替えてもらって。
普通のもっと予算があるところの
ドラマとか映画でも、
だいたいサランラップ取るだけなんですよ。
糸井 嬉しいねぇ。
飯島 嬉しいです。
小林 それに驚いてる役者のつぶやきがあって。
「深夜食堂」の出演者の1人がこの間、
別のドラマに出てたんだけど、
「それがね、本番までのちょっと置かれて、
 さすがこれ使わないんじゃないかと思ったのが、
 私食べるやつよ」とか言って。
おにぎりだったか、なんだか忘れたんですけど、
そうしたら表面が乾いてもう
カチンカチンになってたらしいんですよ。
でも、それを「すいません」と
替える雰囲気もないんですよ。
糸井 当たり前なんだね。
小林 もう置きっぱなしのやつで。
「じゃあ、お願いします、食べてください」
って言われたときに、
えっ? と思ったんだって。
「え? これ、なんかこう、
 雰囲気だけじゃないの?」と思ったら、
「なんとかさんはそれを一口食ってください」
って言われた。
そういうふうに、あまりにも料理の扱いが
違ってるっていうことについて
彼女は言ってたんだけど。
「それを私食べたんですよ。
 飲み込めなかったんですよ」って(笑)。
でもね、それはね、
普通の現場ってそうなんですよ。
糸井 うんうん。そうか、
その真逆を味わっちゃったんで、
びっくりしちゃったんだ?
普通だと思ってたことに。
小林 僕がこうやって
感動的に喋るっていうこともそうですね。
じゃあ、他の現場で飯島さんみたいに
あったかいものをあったかい状態で、
しかも焼きたてを持ってくるとか
やってるかっていったら、
たぶんそれを本物志向でやった人は、
それこそ黒澤明とか。
糸井 (笑)。
小林 小津さん(小津安二郎)ぐらいが、
それをやったんじゃないかと思うような。
久世さんと向田さん(向田邦子)とやってるときでも、
煮っ転がしをどうのこうのって、
やっぱりこう、出すんですけど、
それでもやっぱりラップなんです。
かなり気をつけてても。
「やっぱり長く置いてもあれなんで」って
「本テスまでは一応、
 皿だけでやってください。
 手振りでやってください」って。
で、本テスっていうときは、
「置いてくれ」って監督のほうから言って、
芝居やった後は、もうサランラップが出てきて。
その状態のやつがそのまま残ってるのを、
本番で食べるんですよ。
糸井 うん、うん、うん。
小林 どこの現場でもそうですよ。
基本的には、僕らはそういう
「きえもの」は
そういうものだと思ってるから。
だから、僕がこれだけ喋るっていうのは、
もうこれはすごいと思ったからなんです。
(つづきます)


2010-07-06-TUE


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN