飯島食堂へようこそ。  『シネマ食堂』出版記念 AERA×ほぼ日共同企画 藤原帰一さんと、映画のごはん。

第6回 いまの時代の料理って。
藤原 これがしかし、
読者にこの美味しさが伝わるだろうか。
美味しさって、言葉で伝えるのって難しいですね。
糸井 美味しいという言葉が本当だと思えるのは、
食べた時なんですよね。
それまでずっと預けておいた言葉なんですよ。
だから、「ああ、あいつの言ったとおりだ」
と思ってもらえたらいいなと思って、
ぼくらも語るしかないですね。
でもすごいのはさ、うちの奥さんが
飯島さんのレシピをまじめに再現すると、
まったく飯島さんの作ったものと
同じになるんだよ。
「俺の技は誰にも真似できねえ」
っていうんじゃなくて、
「みんなできますから」って言うところで
ほんの微妙な小さじがどうのこうのも、
最後まで作ってるんですよ。
あれがすごいと思いますね。
デジタル化なんですよ。
藤原 小さじ1が本当に小さじ1になってると。
糸井 デジタル信号だから変質しません、
劣化コピーじゃないですというのは、
これは相当、現代的な人のやり方だなと思うんです。
それを再現するおおもとになるのはボディだから。
おもしろい、今の時代のものですよね。
藤原 民主主義。親方が絶対に教えまいとする
情報独占の世界の逆でしょう。
みんなが作れるようにっていう。
だから政権交代は──
いや、やめよう、本当に(笑)。
いや、だけど美味しいなあ。
美味しさを文章で書いて上手な人って、
丸谷才一さんは上手だと思ったんですけどね。
でもそのあといろいろ見ていると、
例えば「まったり」とかね。
形容詞がちょっと型にはまってて。
自分の頭で浮かんでくるのは
「ああ、これがお茶漬けの味だったのか」とか、
「ああ、これは海苔の味がする」とかね。
まるで意味がないんだけど、
「ああ、そうそう。たらこの味がする」とかね。
言葉にすると馬鹿でしょう。
だけどそれが正直な感想ですね。
糸井 本当はしゃべる必要ないんですよね。
藤原 ないない。本当はみんなだって
美味しいものを教えてあげることはないんだよね。
民主主義の反対で。
糸井 どこかで貴族の特権みたいなところと
民主主義の部分というのが、
こう、入り組んでるでしょうね。
藤原 そうそう、そこですよ。
糸井 教えて食べさせたいという意味もあるし。
藤原 うまい飯は、よほどの友達じゃなかったら
教えてやらないっていうね。
大学のそばの天麩羅屋がそうで、
偉い教授とお供で何回かいただいたんですが、
味、全部覚えてないんですよ。
ぼくが、ガチガチで。
そこに、1人で行った時があって、
その時にはね、
「藤原さんだったらこれでいいわね」って、
出る物が全く違うの。
これは民主主義とは違う
身分制社会の天麩羅でしたね。
糸井 どんどん年をとっていて、
自分にあまりエネルギーがなくなると、
濃い物とか重い物は
食えなくなるじゃないですか。
すると経験をどんどん積んで
経験値がこう上がるでしょう。
その時にはこなせなくなってるんですよ。
で、実にあっさりした
何でもない所にいっちゃうんですね。
だから「あの爺さんが言った物はうまいぞ」
というふうにならないんです。世の中って。
つまり、結局のところ、
塩かけただけの米の飯、米粒を3粒食べると
それでOKというふうになりがちなわけですよね。
だけど、大勢はそういうものを求めていない。
だから大衆が大勢求めているものと、
突き詰めていって自分の体力さえなくなった時に
欲しがるものというのは、
実はどこか枝分かれするんです。
飯島さんがやってるのはいつもそうなんだけど、
絶対誰もが美味しいっていう所に
もう1回戻すんですよ。
藤原 ああ、そのポイントの選択があるわけですね。
糸井 お前にこのワタの味がわかるか、
っていう所には絶対いかないんですよ。
これはね、なんか今のグルメブームを
黙って批評してる気がする。
藤原 突き詰めすぎて痩せちゃうのを避けると。
糸井 どんどん痩せてるんですよね。
そこを食い止めつつ、
揺るがせているっていうのはね、
飯島さん、すごいですよ。変な言い方だけど。
藤原 飯島さんは、食べてもらうのが好きってあります?
飯島 はい。すごく好きです!
糸井 それが、原点だもんね。
藤原 料理を作ってらっしゃる時の
瞳をこらした表情と、
それから持ってきて、
ちょっと心配そうにして、
そして、ちょっと誇らしげに嬉しそうにして。
もうそれだけで飯島さん、映画になってた。
『シネマ食堂』で一番すごいなと思ったのは、
読んでいて食べたいってだけじゃなくて、
なんか読んでるだけで幸せになる。
映画の幸せな記憶が食べ物にくっついて、
なんか読んでいて楽しいんですよ。
糸井 飯島さん、たぶん映画を立ててるんですよね。
藤原 ちょっと控えめにね。そうそう。
飯島 あとは、なるべく──、
まったく一緒ではないんですけども、
イメージは近づけました。
「ああ、あそこは
 こういうシチュエーションだから
 こういう食器なのに」とか、
そういうのがないように、なるべく。
糸井 環境ごと料理なんだね。
飯島 こちらの料理、
映画ではないんですけれど
村上春樹さんの小説
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に
出てきた、セロリと牛肉の煮物です。
和風のおだしで、煮ています。
糸井 これはうまいよなあ。
これ、以前一度いただいたことがあって。
これは村上春樹は思いつかない!
── これ本当においしいですよね。
簡単でおいしいんですよね。
飯島 よかった。
すごい簡単ですよ。
糸井 これさ、どこの国の味がするんだろ?
飯島 これは鰹だしなので、日本なんですけど。
糸井 でも、ちょっとアジアな感じ。
飯島 そうです。セロリを入れることによって、
ちょっと香味野菜という感じ。
藤原 この牛肉の味の出し方そのものは、
タイ料理の目線に似てるんですけど。
だけどだしが全然違うのね。
ナンプラー系じゃないでしょう、だってこれはね。
飯島 ナンプラー系じゃないです。
糸井 ちょっとレモングラスが入ってても
いいような気がする。
藤原 きっと、それも、おいしい。
糸井 ぼく、好きな「塩ちゃんこ」の店があってね。
そこにコリアンダーを刻んで持っていくんですよ。
飯島 ああ、わざわざ持ち込み!
糸井 塩ちゃんことコリアンダーは合うんだよ。
飯島 合いそうですね。
糸井 塩ちゃんこってね、
もう本当にアジア海洋民族の味。
そこにアジアの味でコリアンダーが入るとね、
もう一杯食えますね。
藤原 鍋だってアジア圏のみんなが好きですもんね。
糸井 入れるのは肉団子のすり身とか、
イカやらエビやらでしょう。
だから材料的にはもうまったく同じ。
飯島 まったく一緒ですね。
そういう旨味も出てますしね。
糸井 うん。うまいんだよ。
飯島 タイで撮影した
「プール」のお鍋があるんですけど、
それは水炊きだったんです。
鶏を骨ごと煮込んでだしを取って、
その中にタイの野菜とかトマトとか
レモングラスを入れて。
薬味がタイのレモンと、
日本から持っていったゆず胡椒と。
藤原 ああ、合うでしょうねぇ。
飯島 万能ネギみたいなネギは向こうにもあって、
それと香菜を刻んだのを混ぜました。
糸井 それはおいしおますな。
藤原 おいしそう。
飯島 それを出しちゃったあとに気づいたんですけど、
その鶏のひき肉団子は
ももよりムネのほうがよかったかなと。
藤原 うん、わかるわかる。


(つづきます)

2009-11-05-THU

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写真 山崎エリナ  協力 AERA編集部(朝日新聞社)

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