COOK
書くことで食うこと。
山本一力さんが作家になった話。

第5回 ユーザの動きを見ていたい。

糸井 山本さんの場合は、職は転々としたけれども、
編集者さんとのつながりをちっとも転々としようと
しなかったところが、よかったですよねぇ。
山本 ほんとにそうです。
糸井 「えーい、こんなところ」
って言ってしまう可能性だってなくはないもの。
山本 そういう意味で、
ぼくもほんとに恵まれていると思うのは、
まさにいま糸井さんいわれたように、
転々とした先の関係が全部つながっているんです。
今でもそうです。
糸井 あぁ。
山本 お互いにケンカをしたことはあるんですよ。
大ゲンカして、
「てめえとは生涯会わねえ」
ぐらいのことをいって別れた相手とも、
いまだにずうっと続いていますし。

広告制作ですとか、販促ですとか、
展示会のデザインだとか、そういう世界の人たちと
長くつきあってましたし、いまも切れていない。
その人たちと話して、お互いに
違うスタンスでものを言えるのはいいことですね。
糸井 うん。
山本 本気でつきあうと、人と人は感性が違いますから、
ぶつかることや摩擦もあるわけですけれども、
いまやっていることに対しての集中なわけだから、
恨みを残すことはないですね。
相手も自分も、人間性は認めあうから、
言われたことは、恨みになんかならない。

小説を書く時にいろいろと言われたことも、
ほんとに鍛えてもらっているんだという、
こんなありがたいことないですよね。
いま、編集者の人にぼくがいちばんお願いするのは、
とにかく絶対に、読んで「違うな」と思ったことは
あなたのレベルで、こちらに言ってくださいと。
かならず最初は一回ぜんぶ話を聞きます。
聞いている途中でクチを挟んだりということは
いっさいしないで、ぜんぶ聞くよ、と。

その先で議論があるかもしれないし、
ぼくが考えていることを申し上げるけれど、
最初の話しあいすらないままに、
「ありがとうございました」
と単に受け取ってもらうということは、
お互いプロなら、ありえないことだと思うんです。
これはもう、きつくお願いしているんですよ。

もうひとつお願いしているのは、
原稿を届けるとか、ゲラをもらいに行くのは、
かならずこっちから行かせてくださいね、
ということです。

ぼくにしてみれば、
出版社ってクライアントです。
制作を請け負ってる側が、クライアントに
モノを収めに行くというのは当たり前なんですよ。
こちらはずっとその世界で来ていますから、
原稿があがったら届けるのは当たり前だと思う。
色校が出たら見に行くのも当たり前ですから、
それをかならずやっています。
でも実際に自転車で行ってみると、
最初はみなさん、びっくりされるんですよ。
糸井 それは山本さんを守る
方法論のうちのひとつですね。
山本 そうですか?
糸井 いわゆる対等な関係でありたいのが
人間関係の基本だと思うんですね。

対等であるということが
どういう位置なのか、に関しては、
それぞれの人のはかり方があると思うのですが、
対等じゃなくなる時があるぞと考えている時には、
「こちら側のルール」を作るのがいちばんやりやすい。
山本さんは「当たり前」とおっしゃったけど、
おそらく、みんながそうしていないということは、
常識ではない。
山本 「ありがとうございます」と受け取りに来るなんて、
ぼくとしては、居心地が悪くてしようがないんです。
糸井 いま、ぼくがおもしろいなと思っているのは、
若い会社も増えている中で、社長が
自分で歩きたがっている風潮があるところなんです。
だから、打ちあわせをどこでしますか、という時に
「そちらに行きたい」という人が多い。
いつもいる会社の環境を抱えて呼んでしまうと、
話しあいも、いつものスタイルになってしまう。
山本 ああ、なるほど。
糸井 外に出たいという社長が、最近増えていますね。
山本 ああ、それはいいことだなあ。
すごいポジティブだな。
糸井 だから最近は、そのときの都合でぼくが行ったり、
先方がこっちへ来てくれたり、それはもう
いい感じのやりとりになってきてますね。
そんなこと、今までなかったですから。
山本 すごく自然体ですね、聞いてると。
糸井 そういうことを頭の中に入れていたら、
山本さんが必ず行くとおっしゃるのを聞いて、
「それは、山本さんのスタイルですよ」
って思ったんです。
山本 もう、一昔前のスタイルなのかなあ(笑)。
糸井 もしかしたら、そうかも(笑)。
山本 ぼくのやり方としては、
自分が訪ねるということで
仕事のわきまえが出てくるような気がするんです。
相手から仕事をもらって、
その仕事をやるんだというわきまえ。

「やってやってる」のでもなければ、
「仕事を出してもらってる」でもなしに、
そこはイーブンだよ、と。

で、本が世の中に出ていって、
それがうんと売れたら、お互いにハッピーで、
喜びがシェアできるわけですよ。
本がこけたときには、お互いに
「何が悪かったんだろうね」と
悪いところの検証もできるし……。
糸井 商品を出し尽くしたあとで
検証したいですよね。
山本 そうですよ。まったくそうですよ。
糸井 それはとってもよくわかります。
山本 大事に考えておかなきゃいけないのは、やっぱり
エンドユーザーがどういう反応をしているか、
ということですね。
糸井 まったくそうですね。
大事なのは市場の動きですよね。
山本 ええ。
これはもう絶対的にそうでしょう?
もの書きのほうが、幾ら独りよがりで
どうこう言おうが、あのね、
「ほんとにこれは買ってくれなくてもいい」
という、自費で全部やって、
自分で読んでもらいたくて配るというものなら、
それは消費者がどう反応しようがかまわない。

ところが、エンターテインメントの小説には、
必ず出版社というものが介在していて、
ここでは原稿を印刷というプロセスを経ていって、
マスで流すわけですから、そうすると
もうその時点でビジネスですよね。
買ってくれないものをどう言おうが、
それは負けなんですよ。
糸井 すっごい話がわかりやすいです。
山本 でしょう? 
糸井 ええ。
山本 俺はそう思っているんです。
糸井 ぼくもそれはわかります。
山本 そこをごまかしちゃって
「いや、これはねえ、まだ読者に眼力がないんだよ」
だなんて朝まで言っていたところで、
売れてない本は減らないんだから……。
糸井 一部の評論家が褒めたからいいとか、
そうなりがちですよね。
山本 そう、まさにそれ。
書く側は、そう思いたいんですよ。
でもそこでごまかしちゃうとだめだと思う。
糸井 重心が、変わりますよね?
山本 で、次におんなじことやっちゃう。
それを繰りかえすと何が起きるかというと……。
「あいつは売れない」という答えが出ているから、
だんだん出版社の方の腰が引けて、
「もうちょっとよそうか、あの人は」と。
糸井 事業体としてつぶれますね。
山本 そこへ行くでしょう。
糸井 ええ。
山本 そうするともうお座敷かかんなくなって、
結果的には自分ひとりだけが自分のことを
もの書きだと思いたいと……そこへ行っちゃう。
これは、ものすごい不幸なことですよね。

(つづきます)

2002-06-02-SUN

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