演出家と観客を、ここちよく騙す。 堀尾幸男さんの 舞台美術という仕事
 
アトリエ訪問編 第8回 舞台は、思い込みの芸術ですから。
堀尾 と、きょう用意した模型はこの3つでしたが、
大丈夫でしょうか。
── はい、たいへんおもしろかったです。
ありがとうございました。
‥‥で、あの、堀尾さん、
舞台美術のことで質問したかったことが
あったのですが。
堀尾 はい、なんでしょう?
── 三谷幸喜さんの『決闘! 高田馬場』を観たとき、
あ、あの作品も堀尾さんですよね。
堀尾 ご覧になりましたか。
そうですね、あれも舞台美術をやりました。
── あのお芝居の中で、
こう、なんと言ったらいいんでしょう‥‥
幕が、舞台を左右に移動する幕が
随所に出てきましたよね。
堀尾 はい、使いました。
── 読者に伝えるのがちょっと難しいんですが、
どう言ったらいいんでしょう‥‥。
堀尾 つまり‥‥ちょっとみなさんの名刺を
使わせていただきますね。
こう、舞台の右から左に幕がサーッと通り抜けて、



幕が抜けると、



その裏に役者がいて芝居が続いていくという。
── そうです、それです。
それがスピーディーに何度も繰り返されて、
どんどん場面が変わっていくんですよね。
堀尾 これは、「ブレヒト幕」っていうんです。
── ああ、そういう用語があるんですね。
ブレヒトという人が考案したんでしょうか。
堀尾 そうですね、
ベルトルト・ブレヒトという
ドイツの演出家がやりはじめたと言われてます。
── わりと昔からあった手法だと。
堀尾 そうですね、これまでもいろんなかたちで
使われてきた演出だと思います。
── (笑)三谷さんに、これを提案されたわけですね。
堀尾 たいてい、提案は同意されますから(笑)。
三谷さんだけじゃなく、野田秀樹さんも
これで釣れてるんです。
「釣る」ということばは
あまり良い響きではないですね。
すみません、野田さん、三谷さん。
── 野田さんもですか‥‥
あ、言われてみれば、
『罪と罰』では同じ原理の幕があったような。
堀尾 そうそう、あったでしょ?
あれもブレヒト幕のひとつです。
野田さんの場合はメタモルフォーゼというね、
物を見なして、別の物に変身させるわけですから、
ブレヒト幕が動いて、生きてるようになるんです。
── 三谷さんの舞台とはぜんぜんちがう雰囲気で。
堀尾 はい、演出家さんは、進化させるのです。
あるいはいろいろと試して「思い込む」んですね。
── 思い込む。
堀尾 思い込みの芸術ですから、舞台は。
ぼくと演出家が「夢」を見ようと言い、
演出家は自分の演出を「そう見える」と思い込み、
最終的にはお客さんもその舞台を観て、
ここちよく思い込んで騙される、と。
── なるほど‥‥ここちよく騙される。
ところで堀尾さんは、
年に何作ぐらい舞台美術を手がけるんですか?
堀尾 そうですね、新作は10本くらいでしょうか。
再演が5本くらい。
── 年に15本。
月に1本以上ですね。
棚には舞台の図面があんなにたくさん‥‥。



このお部屋では、主に図面を?


堀尾 そうですね、
あ、じゃあ、作業場のほうにもいってみます?

── え? いいんですか?
堀尾 かまいませんよ、散らかってますけど。
行きましょう(立ち上がる)。
── はい(ついていく)。
あ、『キル』の図面が‥‥。

堀尾 作業は1階なので(移動しつつ)。
階段気をつけてください。
── はい(移動しつつ)、
あ、朝日舞台芸術賞の賞状が‥‥。

堀尾 (扉を開け)こんなところなんです。

── わああああ‥‥。
まさに、現場ですねえ。
堀尾 とっちらかってるでしょう?



下におりましょう(移動)。
── はい(ついていく)。
堀尾 まあ、こんなね、普通の作業場ですよ。

── はああ〜、ここで。



こういう場所で。



こうした使い込まれた道具で。



あのすごい舞台がつくられていたのですね。
堀尾 そんな、特別なものはべつにないですが。
── きょうはたくさんの貴重なものを、
ほんとうにありがとうございました。
堀尾 こんなんでよかったですかね(笑)。
── もちろんです。
舞台の裏側をこういうかたちで紹介できて、
読者もよろこんでくれると思います。
堀尾 そうですか。
それならうれしいんですが。
── これからは、舞台を観るときには
チラシやパンフレットの「舞台美術」を
注意して見ようと思いました。
堀尾幸男さんのお名前を探すようにします。
堀尾 ありがとうございます(笑)。
── ちなみに、この先の大きな舞台は何か?
堀尾 夏に『五右衛門ロック』があります。
── あ、新感線の!
『五右衛門ロック』はぼくらも紹介したんです。
制作発表にいってきました。
堀尾 そうでしたか。
── かならず観にいきますので、
舞台美術、たのしみにしています。
あの‥‥思いきり、騙してください!
堀尾 (笑)わかりました。

  (おわり)
2008-06-25-WED
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