あのひとの本棚。
     
第16回 タナダユキさんの本棚。
   
  テーマ 「棺桶に入れてもらいたい5冊」  
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死後も読みたい5冊、とでも言いますか、
ジャンルがバラエティに富んでいたほうが、
死後の読書も楽しいんじゃないだろうか?
と思いながら選んだ5冊です。
それと同時に、何度も読み直している5冊でもあります。
読み直す年齢によって感じることが
違うんじゃないかな、とも思ってますので、
そういう楽しみも持ち合わせた5冊を選びました。
   
 
 

『台所のおと』
幸田文

  『神様』
川上弘美
  『溺レる』
川上弘美
  『項羽と劉邦』
司馬遼太郎
 

『アントニオ猪木
自伝』
猪木寛至

 
           
 
   
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  『アントニオ猪木自伝』  猪木寛至 新潮社/540円(税込)
 

父がプロレス好きだったので、
よくいっしょに見てたんです。
ヒーロー的存在の猪木を応援してました。
やっぱり猪木が出てくるとわくわくしますからね。
「猪木」って自然に呼び捨てしてますけど、
大変な敬意を払っての呼び捨てです(笑)。



この本は、プロレスとか格闘技の枠組みではなく、
アントニオ猪木というひとりの人間が歩んだ
とんでもない人生のお話です。
ひと言で言うなれば、
「とにかく猪木ってスゴイ」。
これに尽きます(笑)。
猪木世代は読まなければいけない、
まさにバイブル的存在の本といっても
過言ではありません(笑)。
風呂でも読まなくてはいけない。
たとえのぼせても、本がシワシワになっても、です。
で、シワシワになっちゃったんですけどね(笑)。



本の中身は、おじいちゃんの死から
自分の初体験のことまで(笑)、
赤裸々に、そして淡々と描かれています。
それこそ、この人の頭の中ではどんな事象も
平行な位置づけなんじゃないかな、
と感じずにはいられません。
そういう部分が読んでいて気持ちいいんですよ。
我々の想像を絶する事柄の連続なんですが、
「何も恐れはしない、それが猪木寛至の生き方なのだから」
とかで終わったりするんです。
エピローグの締めなんか、
「道はどんなに険しくても、笑いながら歩こうぜ!」。
いま、こんなこと言ってくれる人、いないじゃないですか。
本当に気持ちのいい本です。
猪木は一休禅師のとある詩が好きなんですが、
その最後の二行は
「迷わず行けよ 行けばわかるさ」なんです。
猪木はこの詩を、私の人生そのものとも言えると
語っています。
この自伝は「迷わず読めよ 読めばわかるさ」
と言いたい本です(笑)。

この本は自発的に本屋で手に取った本でした。
「なんだこれは?」といった具合で(笑)。
たまに読んだことのある方と出くわすと、
盛り上がります。
ほかにも「あぁ、いい本を読まれてますね」と、
ほめられることもたまにあります。

でも、絶版なのがとっても残念。 
ぜひ新潮社さんには復刊していただきたいです。
日本にはアントニオ猪木という、
とんでもない人物がいるのだから(笑)。

   
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  『項羽と劉邦』  司馬遼太郎 新潮社/700円(税込)
 

小学生くらいのときに
「マンガで見る日本の歴史」
みたいな本が大好きだったんです。
そういったマンガで読んで、
項羽の存在を知りました。
このあたりの時代って、
「三国志」のほうが圧倒的に人気があるんですけど、
私の場合はこの項羽という男がたまらなく好きなんです。
ある意味、項羽萌えとでも言いましょうか(笑)。



項羽のほうは武将として優れているし、家柄もいい。
でも、ワンマン的なやりかたから、
どんどん自分の味方がいなくなっていくんです。
で、対する劉邦のほうはまったくその逆なんだけど、
人間的な魅力でどんどんまわりに人が集まってくる。
ホント、まったくタイプの異なるふたりなんです。
人を許すことができた男と、
人を許すことができなかった男の顛末とでも言いますか。
けっきょく、項羽には
妻の虞美人(ぐびじん)しか残らないうえに、
その虞美人すらも殺すことになってしまうんです。
項羽という男の滅びていくさまに惹かれるんでしょうね。

ほかにも、互いを殺しかねない状況にもかかわらず、
項羽と劉邦がふたりだけで
対面するシーンなんかもあるんです。
もうドッキドキで。
本当、胸が締めつけられるようですよ。
そのくらい思いっきり入れ込んで読んじゃってますね。



虞美人と初めて会ったところも好きですね。
彼女はまだ一人前の女性ではなく、
それを知ったとき、項羽は彼女に手を出さないんです。
で、虞美人のほうも項羽に捨てられたくないと思ったのか、
気持ちの面で女性になっていくんです。
すると体も女性になっていく。
そういう描写がすごくステキでドキドキしますね。

でも、さすがに項羽とはいっしょにいたくはないです。
陰からこっそり見ていたいタイプ、
とでもいうのでしょうか。
最後、一緒に破滅するしかなくなっちゃいますしね。
それはごめんです(笑)。

   
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  『溺レる』  川上弘美 文藝春秋/420円(税込)
 

「神様」と同じ川上弘美さんの作品なんですが、
ファンタジーではなく、逃避行する男女のお話です。
逃避行と聞くと暗い話をイメージしてしまいますが、
ぜんぜん暗くないんですよ。
大変なことがあって、きっとこのふたりは
逃げているんだろうけど、
その逃げていること自体が大変すぎて、
もうそんなに大変と思ってもいられないから
ふつうにご飯を食べたりしてるんです。
川上さんは独特の文体みたいなものをお持ちなので、
そういう部分では、やっぱり「神様」で抱いた
不思議な感じがこの作品にも見受けられますね。



文章中では「愛欲に溺れる」が
「アイヨクにオボレる」と記されているんです。
川上さんの書かれる文章って、
その文体自体も耳に心地いいんですけど、
目で見る文字の形として、
非常に想像力をかき立てるんですね。
実際、「愛欲とは何か?」って聞かれても、
すぐにはうまく答えられないじゃないですか。
そういったことをカタカナで表記することで、
頭の中で1度変換するような形になり、
よりいっそう想像力をかき立てられるんです。

小説って文章としておもしろかったり、
想像力をかき立てられるのはもちろんですが、
ひらがな、漢字、カタカナで見せる、
目で見る形としてのおもしろさもある。
「文字の形からも想像力というものは
 かき立てられるんだ」ということを
教えてくれた作品ですね。
川上さんの作品はホント大好きです。

   
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  『神様』  川上弘美 中央公論社/480円(税込)
 

この本は短編集で、
タイトルにもなっている「神様」は、
「くまにさそわれて散歩に出る」お話です。
この「くまにさそわれて散歩に出る」っていうのが
出だし部分なんですが、
もう、その出だしからいいんですよ。
本当にかわいらしくて、それでいてすごく変な話。
でも言葉の選びかたが非常に絶妙で、
ファンタジーでありつつも
ファンタジーにありがちな
「んんん?!」と疑問に思う感じにならないんですよ。



くまが主人公と歩く速度をいっしょにしたり、
主人公がアスファルトの上を歩くときに、
くまの足の裏が痛いのでは? と、
気にかけたりするんです。
直接的にそのような明確な描写があるわけでは
ないんですが、そうとしか思えないんです。
緩やかで豊かな時間を感じることができると言いますか。
くまと主人公の「わたし」が
ささやかに気遣い合っているところが
非常に温かくもあり、
何かちょっとしたもの悲しさも残してるんです。
このくまと今後どうなるんだろうか、
みたいなことを想像させますね。



もう、描写がいちいち好きなんです。
くまがオレンジをいそいで食べるところとか、
抱擁したらくまのにおいがするところとか。
あぁ、抱擁したいなぁ(笑)。
こんなくまと散歩に行けたらなぁ(笑)。
ほんと、こういう気持ちになれるお話にもかかわらず、
ページ数で10ページしかないお話なんですよ。
もうだまされたと思って読んでもらいたい、
そんな1冊ですね。

   
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  『台所のおと』  幸田文 講談社/540円(税込)
 

内容的にはとっても地味で、
日常の夫婦を取り上げたお話です。
派手さみたいなものはまったくなく、
淡々と静かに進んでいきます。
文中では題名のとおり、台所仕事の音の様子が
数多く描写されているんです。
音といっても包丁の音を表すのに
トントントンというような
擬音で書かれているわけではなく、
まわりの様子の描写から、
かすかな音が聞こえてくるような、
感覚的な音の伝わりかた。
その描写を読む、おもしろさが詰まってますね。

直接的にどうしたこうした、というようなことは
一切書いてないけど、
研ぎ澄まされた五感に訴えかけてくる
その静かな感じに、とてもエロティシズムを感じたんです。
23歳のときにこの本を初めて読みましたが、
直接的な描写だけがエロティックではないんだ、
ということを強烈に教えてくれましたね。
すごい衝撃的でした。
本って読み直す年齢で抱く印象が変わると思うんですが、
その衝撃はいくつになって読んでも変わらないですね。



いい本を教えてくれるかたがまわりに多いんですよ。
そういう意味ではすごく恵まれた環境にいますね。
「この人がおもしろいって言ってるんだから」
っていう気持ちで読んでます。
だから、私自身は決して読書家ではないんですが、
チョイスは間違ってない自信がありますよ(笑)。

 
タナダユキさんの近況
土屋アンナさん主演の映画「さくらん」
その脚本を手がけたタナダユキさんが
監督を務めた映画「百万円と苦虫女」が公開されました!
蒼井優さん主演のその作品は、
各地を転々とするうちにいろいろな人にふれあい、
「自分だけの生きかた」を見つけ出す、
女の子の旅物語となっています。





(c)2008『百万円と苦虫女』製作委員会

脚本・監督:タナダユキ
主題歌:原田郁子「やわらかくて きもちいい風」
    (コロムビアミュージック エンタテインメント)
出演:蒼井優 森山未來 ピエール瀧 竹財輝之助
   齋藤隆成 笹野高史 佐々木すみ江

7月19日より全国ロードショー!
詳しくは、
「百万円と苦虫女」公式ホームページへどうぞ!

「ほぼ日」には「ザ・グレート・フリー」
登場していただいたピエール瀧さんも出演されてます!
なんでも蒼井優さんが訪れたさきの
農家の息子だそうです。

さぁ、この個性派の役者がそろった映画は
どんな映画なんでしょうか。
タナダさん、100万円ってどこからでてきたんです?


「もともと、『蒼井優さんで1本撮りませんか?』
 というお話をいただいたところから始まりました。
 やるからには原作があるものではなく、
 オリジナルをやりたいと思っていたんです。
 そう思ってたときに、プロデューサーから
 『ロードムービーってのはどう?』と
 提案をいただきました。
 でも、荒野もない日本でロードムービーは
 いまいち決まらないなと思って、
 いったんは保留にしておいたんです。
 で、友だちと飲み屋で話をしているときに
 出てきたアイデアが「100万円」。
 これはいい、ということになったんです。
 「100万円を貯めては、各地を転々とする女の子」は
 こういった経緯で生まれました。

 主演の蒼井優さんは、
 私よりも10歳くらい年下なんですけど、
 非常に聡明で頼りがいがありました(笑)。
 いっしょになって役柄の佐藤鈴子を
 作っていってくれましたね。
 視線の先がいっしょだった感じがします。
 現場で蒼井さんの演技がいちいちピタッとはまるんです。
 ほんと、そういうのって監督冥利につきます(笑)。
 やっぱり、自分で書いている空想の人物を
 生身の人間が演じてくれるわけですから、
 「なんか違うなぁ」と思うことだってあり得るわけです。
 でも、そういうことが本当に1ミリもなかったので、
 ほんと、楽しかったです。

 田舎の朴訥とした青年をピエール瀧さんに
 演じていただいているんですが、すばらしかった。
 本当、ハマってます。
 森山未來さんは蒼井さんの相手役なんですが、
 脚本まえのプロットの段階からずっと
 森山さんがいいな、って思ってたんです。
 繊細なところとか、青い透明感とか、
 いろいろなところが合ってると思ってました。
 清潔感ある色気を持つ人なんですよね。
 実際に演じてもらってもピッタリでした。
 これまた監督冥利につきますね(笑)。


(c)2008『百万円と苦虫女』製作委員会

 竹財輝之助くんはチャラい男の役、
 本人はまったくそういう感じではないのですが、
 「かわいいんだけどちょっと残念な男の子」(笑)を
 しっかりと演じてくれました。
 ベテランの佐々木すみ江さんは、
 瀧さんのお母さん役です。
 役のときは本当に田舎のお母さんって感じで
 演じてくださるんですが、
 ふだんは背筋がビシッと伸びてて、
 スパッとたばこを吸われるんです。
 それがスゴクかっこいいんですよ。


(c)2008『百万円と苦虫女』製作委員会

 今回は女の子が主人公なので、
 エンディングテーマに関しては
 女性のボーカルがいいなと思っていました。
 で、もともとクラムボンのファンで、
 原田郁子さんのソロも大好きだったんです。
 原田さんならこの作品を、原田さんなりに
 かみ砕いてくださるんじゃないかと思い、
 お願いして書き下ろしてもらいました。
 もう、バッチリでした。
 映画ってひとりの力じゃできないんだなと
 今回、改めて思ったんです。
 そんなあたりまえのことを最後の最後、
 原田さんのエンディングテーマを入れて、
 この『百万円と苦虫女』という作品が完成したときに
 思わされました。

 見所をよく聞かれるんですけど、
 「ここがこうなんです」って言えないんです。
 あ、思わせぶりなことを強いて言えば、
 蒼井優ちゃんの入浴シーンがあります(笑)。
 あとは、ロードムービーなので、
 鈴子といっしょになって旅をしている感じを
 味わっていただければうれしいです」

『百万円と苦虫女』が公開されたばかりの
タナダユキさんですが、じつは早くも
次回作の公開が控えているんだそうです。



「『俺たちに明日はないッス』という作品で、
 女の子のロードムービーとは打って変わって
 男子高校生のお話です。
 原作はさそうあきらさんの短編集で、その中から
 童貞の男子3人の話を今回は映画化しました。
 
 高校生くらいで、主要キャストが
 男女合わせて6名の撮影は
 なかなかシビレることの連続でした(笑)。
 「こらーおまえら!」みたいな感じに
 プルプルと怒りに打ち震えることが
 何度もありましたね(笑)。
 ほんと「百万円と苦虫女」のときは
 役者さんに助けてもらったんだって
 改めて思いましたよ。

 でも、それはそれで監督として使う筋肉が
 まったく異なっていて、
 またひとつ違う筋肉をつけざるを得ない感じで、
 苦しくも貴重で楽しい経験でした。」

こちら、公開は2008年の秋予定です。
対極的な2作品をみなさんも
ぜひ楽しんでみてください!
まずは「百万円と苦虫女」からどうぞ!

 
2008-08-01-FRI
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