あのひとの本棚。
     
第10回 坂本美雨さんの本棚。
   
  テーマ 「細胞がよろこぶアートな5冊」  
ゲストの近況はこちら
 

小説とか漫画とか、好きな本はたくさんあるんですが、
今回はアート系の本にしぼってみました。
こういうアートブックを手にするときって、
いつも本当に、なにも考えず直感で選んでいるんです。
論理ではなくて、やっぱり肉体が反応してるんですね。
そこから音が聞こえるような気持ちになったり、
からだのなかで血が騒いできたり‥‥。
細胞がよろこぶ、わたしにとって肉体的な作用が
はたらく5冊を紹介します。

   
 
  『NEW WAVES』
ホンマタカシ
  『夢をみた』
ジョナサン・
ボロフスキー
  『Nobody knows』
奈良美智
  『twinkland』
Marc Parent
  『不思議の国の
アリス』
ヤン・シュヴァンクマイエル
 
           
 
 
 
 
『不思議の国のアリス』 ヤン・シュヴァンクマイエル エスクァイアマガジンジャパン/2625円(税込)

映像作家であり、画家であり、人形作家であり、
コラージュもやる、チェコの作家さんの本です。
これはもう、病的なほど緻密で‥‥。
すごいコラージュが並んでいるんですけど、
鉛筆で描くような技術も、相当な人なんです。
無意識レベルの発想を技術のある人がとことん追求して、
こういうすごい本ができたんでしょうね‥‥。

この本の場合はお話が「不思議の国のアリス」ですから、
いろいろと奇妙な動物が登場するわけです。
シュヴァンクマイエルという人は、
その奇妙な動物が頭の中に浮かびはじめたら、
想像の中で自分の想像を、くまなく探っていくんですね。
その動物はどんな肉体で、どんなものを食べてて、
どんな消化器官を持っていて、天敵はこんな動物で‥‥
と、たぶんそこまで掘り下げていくんだと思います。
ここまで‥‥という怖いくらいに緻密なコラージュが、
この本にはたくさん掲載されています。

無意識レベルからの発想を、
とことん緻密に、それこそ病的なまでに
追究していく作業を前にすると、細胞が騒ぐんです。
緻密さに魅かれながらも、
人間がもともと持っている暴力的な部分、
毒の部分を刺激されるのだと思います。
わたしはどちらかというと毒の人なので、
とくにシンパシーを感じるのかもしれません。
どこまで自分を追いつめられるのか、
肉体もそうですけど、精神も。
モノを作るには、そういう追求の仕方もあるだろうし、
そうやってとことんやれば、毒も出てくるでしょう‥‥。
でも、いまのわたしはそこまで何かを追求できていない。
だから、やっぱり彼の存在には勇気づけられますね。
ストイックにならなきゃと思うんです、もっと。

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『twinkland』 Marc Parent 洋書/2576円(税込)

アメリカのアート本屋さんで、ひとめぼれしたんですけど、
子どもたちがインスタントカメラで撮った写真集なんです。
子どもが「いまだ!」と思った瞬間が、
パシャパシャ切り取られているんです。
視線が低かったりしてかわいいんですけど、
それよりも、なにが面白いって、
とにかくかっこつけてないんですよ。
アートを生み出そうという気持ちはゼロ。
カメラマンはみんな子どもですからね。
そこがいいなぁと思って。
形作られたものをていねいに切り取るんじゃなくて、
純粋に、「たのしい!」を切り取ってる。
きっと無我夢中なんですね、
肉体が動いて撮ってる感じが伝わってくるんです。
たのしくて、自分も動いて、被写体も動いて、
すごく揺れていて、だからブレちゃったりしてるんだけど、
その波動がわたしの肉体にも伝わってきて、
どんどんうれしくなっちゃう。
へんてこな写真もあるんです。
でもそういうのも、何かしら子どもが自分で、
きれい、たのしい、大事って思った瞬間なんですよね。
そういうのが並んでいる写真集だと思うと
すごくしあわせになるんです。

アーティストが真剣に挑んでいる本は、
自分の細胞に刺激を与えてくれるんですが、
これの場合は、そうですね、
やっぱりざらっとはしていても、
細胞が落ちつく感じですね。
自分の中にある子どもの部分にとっては、
こういう無邪気な自由さがとてもうれしいんだと思います。

   
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『Nobody knows』 奈良美智 フォイル/2100円(税込)

奈良美智さんの作品集の中では、
これがいちばん好きなんです。
完成された作品が集められているというよりは、
ノートに書きつけたドローイングや
アイデアスケッチを集めた一冊なんです。
紙質も、全体の雰囲気も、
画集というよりは、奈良さんの個人のノートのようで。
人がものを作っている過程というか、なにか出てくる前の、
いちばんざらっとした瞬間がわたしは好きで、
これはまさしくそういうのを集めた本なんですね。
奈良さんはとても優しいかただし、
作風もかわいい女の子だったりしますけど、
でもものすごくパンクですよね。
生み出すまではもちろん苦悩もあって、迷ってもいるけど、
こういうスケッチを吐き出している瞬間は、
迷いを感じられない勢いがあるっていう‥‥。
そういう奈良さんがぎっしり詰まっていて、
すごく勇気づけられるんですよ。
インスピレーションを受けるし、
鋭いですよね、刃物みたい。
乱暴で、荒々しくて、細胞がむき出しっていう状態。
受け取る側も、細胞がむき出しでよろこぶような‥‥。

音楽家の場合は、どうなんでしょう‥‥。
こういうざらざらした感じは‥‥あ、矢野さんの
「ピアノが愛した女」はそうかもしれない。
わたし、あの映画を観たときはまだ若かったんですけど
いま観たら、あれはかなりざらっとしてると思います。
何度も何度も失敗して最後に1曲成功して、
エンドロール‥‥って、もう、怖いですよねぇ(笑)。

奈良さんの話に戻りますけど、
この本は触った感じも、まさにざらっとしてて、
物理的にも肉体に訴えてくる一冊だと思います。
本の質感、たいせつですよね、ずっと所有するものだから。
わたしの場合は常に身軽でいたいというのがあるんです。
いつでも世界のどこにでも行けるよう、
自分は根付いちゃいけないという思いがあるので。
それでもやっぱり所有したい本というのは、
質感で選んでいるんですね、この本のように。

   
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『夢をみた』 ジョナサン・ボロフスキー イッシ・プレス/1890円(税込)

ジョナサン・ボロフスキーは現代美術の人で、
これはその人の、ただ単に夢日記なんです。
ほんとうにそれだけでしかない。
でも、このボロフスキーは、こうした夢に
インスピレーションを受けて創作を続けていた人で、
それが単純明快でいいな、と思うんです。

夢の記録ですから、内容はばらばらです。
もう、どんどん書きつけていってるんですよ。
ヒゲを剃りすぎた夢とか、
こんな知り合いに会ったとか、
こんなかたちの絵を描いたとか。
なんだか情けない絵が、そのままいっぱい載ってるんです。
日記なんですけど絵がとても多い本です。
で、そうした絵や、言葉のすべてに、
「夢を見たあとの、今、この瞬間しか留めておけない!」
みたいな必死さが感じられて、すごくいい。
そういうのを見ると細胞が騒ぐんです。

‥‥そう、この本は、やっぱり勢いがすごいんですね。
夢っていうのは肉体の中で起こったことだけど、
自分が制御できる世界ではないわけで。
どこに行っちゃうかわからなかったり、
一瞬で置いていかれる感覚もあったり‥‥。
それを「残さなきゃ!」っていう切実さが、
この情けない絵や文章から伝わってくる。
わたし、現代アートは、そういうものが好きです。
「今、つかまえなきゃ!」というものが。
触発されます、血が騒ぎますね。

   
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『NEW WAVES』 ホンマタカシ PARCO出版/3990円(税込)

ホンマタカシさんの写真集で、
ひたすら波が写されているんです。
世界中の、いろんな場所のいろいろな波が。
この前、展覧会をされていて、見にいったんですけど、
壁一面に大きな波の写真があって‥‥。
もう、うっとりしちゃうんですよ。
ホンマさんの波って、なんでこうなるんだろう?
もちろん、波自体はホンマさんの力じゃないわけであって、
ホンマさん自身も、もちろんそれは重々承知で‥‥。
波に撮らされている? そんな感じなのでしょうか。
ホンマさんの謙虚さがすごく伝わってくる気がします。
見ているわたしもそういう気持ちになるというか‥‥。

ときどき、息が浅くなることがあるんです。
暮らしていて、「あ、わたしいま、呼吸が浅い」って。
そういうとき、
この大判の写真集をひろげてながめるんです。
‥‥波の音が聞こえてくるんですよ、ほんとうに。
肉体が反応してるんですね、細胞がよろこんでる。
海ってやっぱり人間が還る場所だと思うし、
これを見ているだけで、息が深くなるような気がして。
大げさな言いかたになるかもしれないけど、
自分が暮らしている場所はこういう大きな地球であって、
それに包まれて生きているんだっていうことを、
波の写真が思い出させてくれるんです。

深く息をできる自分に戻してくれたり、
記憶の中の幸せだった瞬間に連れていってくれたり、
これは、わたしの細胞が
安心してよろこぶところに戻してくれる一冊です。
そして、そこに戻らないと、やっぱり歌は歌えない、
そんなふうに思っています。

 
 
坂本美雨さんの近況

「ほぼ日」には、女子高生のころからご登場いただいて、
連載をしてもらったり、
Tシャツのモデルをしてくださったりの、坂本美雨さん。

おしらせしたい近況が、みっつあります。
まずはこちら、NEWアルバムのご案内から!


『朧の彼方、灯りの気配』
12月12日発売 2000円(税込)

冬と夏に、2枚リリースされるアルバムの
第一弾ということで、こちらは冬の作品。
その内容について、
美雨さんご本人にお話していただきました。

「自分はからっぽなんだなっていうところから
 つくっていったアルバムなんです。
 伝えたいメッセージもなくて、
 何を歌ったらいいのかわからない状態から‥‥。
 半年くらいスタジオに入ったんですが、
 毎日ほんと物理的に肉体と向き合いました。
 声っていうのは自分の息でしかない、
 わたしはただマイクの前で呼吸しているだけなんだって、
 まずそんな当たり前のことに気づきました。
 でも、声を出しているだけで
 何かを生んでいる実感はずっとあるんです。
 その声を重ねていくうちに、ふつふつと、
 それこそ細胞がよろこんでいるのを感じました。
 呼吸をしているだけで、何かを生んでいる‥‥。
 おぼろげな気配でしかないけれど、
 あたたかい灯りに近づいていくような、
 そういうよろこびがありました。
 その灯りっていうのは、やっぱり、肉体なんです。
 このアルバムは、そんな作業の記録です。
 今までで、いちばん個人的なアルバム。
 ぎゅっといろんなことが凝縮された一枚になりました」

ご予約・ご購入はこちらからどうぞ。

続いて、矢野顕子さんと一緒に
翻訳を手がけられた絵本のご案内を。


『せかいでいちばんあたまのいいいぬ
 ピートがっこうへいく』
マイラ・カルマン(著)
矢野顕子・坂本美雨(翻訳)
リトル・ドッグ・プレス/1890円(税込)

以前、矢野顕子さんが翻訳されて、
「ほぼ日」では販売窓口も開設した絵本、
「しょうぼうていハーヴィ」の作者、
マイラ・カルマンさんの新しい絵本。
今度は矢野顕子さんと坂本美雨さんが、
親子で翻訳を手がけられました。

なんでもたべちゃう犬のピートが規則だらけの学校に
やってきて大騒ぎ、というお話はとてもかわいくて、
イラストもすごくおしゃれなのですけれど‥‥
美雨さん、このいたるところに文字があふれた絵本、
翻訳するのはさぞやたいへんだったのでは?

「たいへんでした(笑)。
 原書では子どもが書いたような
 ぐちゃぐちゃな英語だったり、
 わざわざスペルをまちがえて書いてあったり、
 かと思えばそれがダブルミーニングになってたり。
 どうやって訳すの? そもそもこれ日本語になるの?
 ニュアンスも難しくて‥‥。
 でも、難しいけど、言葉遊びで徹底的に
 大騒ぎしている感じがたのしくて、
 とにかくやってみようってことで、
 まずふたりで、わーっと訳していったんです。
 で、お互いに訳したものをメールで読んで、
 ここの言い回しはわたしのほうがいい、
 あそこは矢野さんのことばで‥‥
 という感じでまとめていきました。
 ‥‥編集のかたもたいへんだったと思いますよ。
 小さい文字が人の髪の毛に書かれてたりして。
 原書ではイラストの中に手書きで英文が書かれているのを
 ぜんぶ日本語に置き換えていくわけですから、
 それは絵そのものに手を入れていくことなわけで。
 こまかい仕事だし、雰囲気をこわしちゃいけないし。
 編集者も、翻訳者のわたしたちも、
 時間をかけて深く付き合わないとできない作業でした。
 絵本だけど、大人でもたのしいんです。
 文字とイラストとストーリーで、絵本という空間を
 大人が無邪気に遊び尽くしている感じがすごく好きで、
 それが伝わればいいな、と思っています」

はい、美雨さんありがとうございます。
では最後に、ライブイベントのおしらせをどうぞ!

ニューアルバムの発売を直前に控えた坂本美雨さんの、
その「声」に、12月の東京で触れられるのです。
場所と日時は、こちらになります。

【APPLE STORE GINZA】
12月1日 14:00 START
入場無料

アップルストア銀座でのインストアライブです。
詳しくはこちらでチェックを!

【丸ビル MARUCUBE】
12月9日 16:30 START
入場無料

丸ビル1階のMARUCUBEで行われる
クリスマススペシャルライブ。
詳しくはこちらのサイトの、
「Marunouchi Music Cube Christmas Special 」
をクリックしてくださいね。

坂本美雨さんのオフィシャルサイト、
「stellerscape」はこちらから、
ブログ「ニクキュウ プロローグ」はこちらからどうぞ!

 
2007-12-03-MON
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