あのひとの本棚。
     
第8回 前田知洋さんの本棚。
   
  テーマ 「海外で食べる日本料理のような5冊」  
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マジックの仕事で海外にいくことが多いのですが、
向こうで日本食を食べると意外な驚きがあるんですよ。
「こんな日本食ってアリなの?」と思ったり、
「なるほど、日本食はこういうところがいいのか」
と、あらためて感心したり。
そんなふうに、自分の視点をぐいっと変えてくれた
たいせつな5冊を紹介します。

   
 
           
           
 
 
 
 
『マインド - 心の哲学』 ジョン・R. サール 朝日出版社/1890円(税込)

ぼくにとって海外で食べる日本料理のような本を
ご紹介してきたわけですが、
「視点を変えてくれた」という意味でいうと、
この一冊がいちばんだったかもしれません。
「哲学入門書」というコンセプトで書かれた
読みやすい文章のなかに、
もう、ひっくり返っちゃうくらい驚かされた
内容があったんです。
思想実験というのですが、タイトルは「中国語の部屋」。
コンピューターでは人工知能をつくるのは不可能である
ということを論じています。
‥‥ここでみなさんにうまく伝えられるかどうか、
ちょっとがんばって、その内容を説明してみますね。

扉の閉まった部屋があります。
その扉には、ちいさな穴がひとつ。
部屋のなかにはイギリス人のおじいさんが暮らしています。
扉の穴から、何か記号が書かれた紙が入ってきました。
イギリス人のおじいさんは、その紙を机に持っていき、
分厚いマニュアルを開いて、同じ記号を探します。
記号を見つけたら、その横にある別の記号を紙に書き写し、
ドアの穴から、紙をそとに戻すんです。
それが、おじいさんの仕事。
一方、部屋のそとに視点を移すと、
そこで行われているのは、中国語で書いた質問を
扉の穴に入れるという作業なんです。
記号というのは、中国語だったんですね。
たとえば、「リンゴは何色?」と中国語で書いた紙を
穴に入れると中国語で「赤」と書かれた答えが返ってくる。
外側からは、部屋のなかに中国人がいるようにみえる。
でも、なかにいるのは、
中国語をまるで知らないイギリス人のおじいさん。
つまり、
そとから人間のように見えることと、
内部で意志を持って考えることはまったく無関係。
「こんにちは」と話しかけて、
コンピュータが
「こんにちは、久しぶりですね」
と答えたからといって、
それが人工知能と同じように働いているとは、
証明できない‥‥。

いかがでしょう?
記憶だけで説明したので不十分だったかもしれません。
これは、何度も読み返す本になると思います。
よろしければ、みなさんもぜひ読んでみてください。
きっと、視点が変わると思います。

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『ルネサンスとは何であったのか』 塩野七生 新潮社/1680円(税込)

海外で立派な日本料理店にいくと、
メニューに「UDON」とか
「KAKESOBA」って書いてあったりするんです。
食べてみるとそれなりにちゃんとおいしくて、
みんな「オー、カケソバー!」と、喜んでいる。
‥‥でもこれ、場面が日本の家庭の晩ご飯で、
その食卓に、かけそばが出てきたりすると、
「なんだよぉ、晩ご飯、かけそばかよー」なんて、
だんな様がぶつぶつ言うかもしれませんよね。
そうかと思えば、「懐石」や「京料理」というだけで
無条件にありがたがったり‥‥。
日本人は「料理のイメージ」というものに、
ちょっと、とらわれすぎのような気がするんです。

この『ルネサンスとは何であったのか』は、
イメージにとらわれすぎてはいけないことを
ぼくに教えてくれた本です。
「ルネサンス」と聞くと、
なんだか難しそうで高尚な感じですよね?
でも、けしてそんなことはなくて、
すごく簡単に言ってしまえば、
「やっちゃダメだよって教会から言われてたことが
 オーケーになったとき、急激に花開いた芸術活動」
それがルネサンスなんです。
ほんとに魅力的な作品が、たくさん世に出ている。
「難しそう」というイメージだけで、
それに触れないのは、もったいないですよね?
難しいと思われていることが
非常にわかりやすく解説されている一冊です。
ルネサンスということばを遠ざけていたかたに、
ぜひ読んでもらいたいですね。
日本の料理も、芸術も、たいせつなのは、
中心にある「物」を味わうことなのですから。

   
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『世界は「使われなかった人生」であふれてる』 沢木耕太郎 暮しの手帖社/1365円(税込)

沢木耕太郎さんが『暮しの手帖』で連載されていた、
映画評をまとめた一冊です。
まずタイトルをみて「使われなかった人生」って
どういう意味だろう? と思いますよね。
それは、「自分が選ばなかった人生」のことなんです。
たとえば、ぼくはいまマジシャンですが、
ぼくの「使われなかった人生」ということになると、
学校の先生とか、銀行マンとか、ほぼ日の乗組員とか、
それこそ、世の中にあふれているわけです。
著者の沢木耕太郎さんは、様々な映画のなかに
自分の「使われなかった人生」を探し求めることで、
30ほどの作品を解説なさっています。
これがもう、ほかにはない批評のスタイルで‥‥。
ぼくは映画が好きでよく観るんですが、
一度観た映画でも、
沢木耕太郎さんというフィルターを通すことによって、
「なるほど、こういう観かたもできたんだ」
と視点をぐいっと変えられてしまうんです。
で、もう1回、映画を「食べ直す」ことができてしまう。
海外で日本料理を食べ直す感覚にとても似てるんですよ。

取り上げられている映画も、
「マダム・スザーツカ」や「偶然の旅行者」、
「バグダッド・カフェ」などなど、名作ぞろい。
この本を読んで、興味を持って観てみるのもいいでしょう。
ぼくもそうやって出会った映画が何本かあります。
かなり、おすすめの一冊ですね。

   
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『とかげ』 吉本ばなな 新潮社/380円(税込)

たとえばヨーロッパでお寿司なんかを食べてると、
日本食のふしぎさがすごく見えてくるんです。
その不可解さというのは日本でお寿司を食べているときには
まるで感じないことなわけで‥‥。
ふたつの感じかたを持っているんですね、日本食に対して。
ぼくがやっているマジックでもそうです。
タネを知っている自分と、
不可思議な現象に驚く観客の視線。
このふたつを俯瞰で感じながら、
ぼくはいつもマジックをやっています。
そしてこの、吉本ばななさんの『とかげ』という小説。
短編集で、不可思議な話が多いんですよ。
まるでフランス映画のような印象で、
超常現象とか、超能力、
幽体離脱のような話もでてくるんですが、
そういう奇妙なことに対して、
ぼくはある程度の距離をおいて読んでいるんです。
ふしぎなことを、とくに解明するわけでもなく、
俯瞰で楽しむ‥‥。
それはぼくにとってきっと、
日本料理も、マジックも同じなんだと思います。

『とかげ』を読んでからぼくは、
吉本ばななさんの大ファンになったんですが、
とくに繰り返し読んでいるのはやっぱりこの一冊なんです。
装幀なんか、もうぼろぼろになっちゃって(笑)。
読むたびに、不可思議なんですよねぇ

 

   
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『話術』 徳川夢声 白揚社/1890円(税込)

わたしたちは日本人として、
こういうことばを、
こういうふうにしゃべっていたんだ‥‥
ということを、あらためて自覚できる一冊です。
まさに、海外で食べる日本料理のように。

徳川夢声さんというのは、大正時代から昭和にかけて
無声映画の弁士をなさっていたかたなんですね。
音声の出るトーキーが登場してからは、
ラジオやテレビに活動の場を移したんですが、
そこでもこのかたは全国的な人気を博しました。
そんな「話すことの達人」である
徳川夢声さんが書かれた、これは、
「どう話したらいいのか」
についてを説明する本なんです。
マジシャンにとっても「話術」は大切なことです。
ぼくはちょっと勉強のつもりで手に取ったんですが、
これが予想していたのとずいぶん違った内容で‥‥。
単なる「術」にとどまらず、
きわめて論理的なことばの解説がされていたんです。
「頭に情景を描いて話しましょう」みたいな
イメージだけで済ませる説明じゃなくて、
そのことばの文化的な背景まで掘り下げながら、
非常にわかりやすく教えてくれるという‥‥。
ひとりの日本人として、
ほんとうにためになった本です。
演技者という立場から書かれた本なので、
その意味でも、すごく説得力のある一冊ですね。

 
 
前田知洋さんの近況

クロースアップ・マジックの第一人者、前田知洋さん。
クロース(Close)は、英語で「近い」という意味。
観客と至近距離で行われる前田さんのマジックは、
「ほぼ日」でも以前、こちらでご披露いただきました。
動画でそのすごさを体験できます、未読の方はぜひ!

そんな前田知洋さんが、本を出版されました。

『知的な距離感』
かんき出版/1365円(税込)

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人と人とのあいだにある「距離」をテーマにした、
「コミュニケーション」に関しての書籍です。
一流のクロースアップ・マジシャンが、
マジシャンならではの視点で、
「人に会うことを楽しくする」ための
レクチャーをしてくれる‥‥。
もう、なんだかすでに、好奇心を刺激されますよね。
前田さんに、ちょっとだけ、
この本の内容を教えていただきました。

「クロースアップ・マジシャンにとって、
 お客さまとの距離はすごく大事なことなんです。
 その大事な部分を、ぼくがどうやって解決してきたかを
 この一冊に書かせていただきました。
 具体的な例をいうと、
 トランプに仕掛けがないかをお客さまに調べてもらうとき
 いきなり『調べてください』って近づくと
 恐怖感を持たれてしまうんです。
 ですから、
 『こういうトランプ、触ったことあります?』
 というような感じで、なにげなく自然に
 距離をつめることが大切なんですね。
 
 インターネットや携帯電話の普及で
 とても距離感がとりづらい時代になってきました。
 急に親密なメールが届いて戸惑うこと、ありますよね?
 一度会っただけのおじさんから、
 顔文字にハートマークのメールが送られてきたり(笑)。
 メールでもやっぱり、距離感が大事なんです。

 この本でぼくは“プライベートエリア”
 ということばを使って距離感のことを説明しています。
 プライベートエリアというのは、
 人間がみんな持っている、
 他人に入ってほしくないゾーンのようなものです。
 大人数でエレベーターに乗るとみんな上を向きますよね。
 あれはプライベートエリアを侵害されて、
 ストレスを感じている状態なんです。
 空いている空間にプライベートエリアを持とうとして、
 みんなが上を向いてしまうわけですね。

 プライベートエリアは人によって広さがちがいます。
 広い人は、それだけストレスを受けやすくなる。
 自分のプライベートエリアが
 どれくらいの広さなのかを知っておくと、
 人と距離をとるときにひとつの目安になると思います。
 よい距離をたもつことは、
 結局お互いのためになりますからね」

 
2007-10-21-SUN
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