あのひとの本棚。
     
第11回 きたがわ翔さんの本棚。
   
  テーマ 「四十になってしみじみ読み返したい5冊」  
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13歳で漫画家としてデビューして、気がつけば40歳。
二十代、三十代になったときも、
それぞれに思うことはあったのですが、
四十になるというのは、やっぱりとくべつでした。
「ここでひと区切り、初心に戻らなきゃ」
という感覚がとても強かったんです。
四十になったいま、ここまでの自分を振り返るために、
しみじみと読み返したい5冊を紹介します。

   
 
  『まぼろしの
小さい犬』
フィリバ・ピアス
  『リバーズ・
エッジ』
岡崎京子
  『ルネサンスの
画家ポントルモの日記』
ヤコポダ・
ポントルモ
  『ウンココロ』
寄藤文平
  『成りあがり』
矢沢永吉
 
           
 
   
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  『成りあがり』 矢沢永吉 角川書店/540円

ほんとにすごい本だと思います。
いろんな人の人生を変えてしまった一冊ですよね。
ぼくはたしか、中学生くらいのときに読みました。
でもそのときは、なんだか圧倒されちゃいまして(笑)。
「この人はとくべつだ、
 自分とはまったく違う波長の人だし、
 これは天才が書いた本だろうから
 天才じゃないぼくは、
 この世界にあこがれちゃいけないんだ」
って、そんなふうに思ったんですよ。
おそらく、ビッグになってからの矢沢さんの姿が
強烈な印象だったんでしょうね、当時は。

で、四十になって、
この本のコミック化のお話をいただいて、
あらためて読み直してみました。
そしたら、中学生のころには
感じなかった部分が浮き上がってきたんです。
「自分はビッグになるんだ」ということを信じて、
確実に一歩一歩進んでいく実行力。
まずは、これがやっぱり、
すさまじいほどに素晴らしいと思いました。
あと、矢沢さんのヒューマンな部分というか‥‥
昭和の親父だなあ、って思ったんです。
ぼくの父もすごく昭和の親父で、
3年ほど前に他界したんですけど、いま読んでみて、
矢沢さんと自分の父が重なる部分を感じたんですよ。
いや、重なるのはカッコイイ部分じゃなくて、
昭和の親父な部分ですよ(笑)。
あったかくて勢いがあって昭和の香りがする
ヒューマンな親父の部分で。
「コミック化に挑戦させてもらおう」と決意できたのは、
「ヒューマンな矢沢さんなら自分にも描ける」、
そう思えたことも、大きなひとつの理由なんです。

いまの人たちが忘れちゃっている何かを
確実に持っているかたですよね。
ここまで自分のやっていることに責任をもって、
なおかつ筋を通して生きていっている人っていうのは
あんまりいないんじゃないでしょうか。
ピュアできれいな魂を感じるんです。
四十という年齢で、
この一冊のコミック化に取り組めたことを
心から光栄に思っています。

   
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  『ウンココロ』 寄藤文平 実業之日本社/1365円
 

寄藤文平さんは、ぼくが角川書店から出している
『デス・スウィーパー』という漫画単行本で、
装幀をデザインしてくださったかたなんです。
アートディレクターとして活躍されていて、
「大人たばこ養成講座」のイラストが有名ですよね。
『海馬』の装画も寄藤さんです。
そんな寄藤さんが、
はじめての著書のテーマに選んだのが、
「ウンコ」だったんです。

この世の中で嫌われているものとか
汚いって思われているものが、
じつはすごく大切で役に立っているんじゃないの?
っていう視点から書かれているんですよ。
これがもう、いまのぼくにとってはドンピシャな本で。
ウンコっていうのは、健康のバロメーターだったり、
食物連鎖の一部として確実に必要だったりしますよね。
そういうことをメッセージ性をゴリ押しすることなく、
軽快にユーモラスにつづっている一冊なんです。

四十になって、なんと言うか‥‥
そういう、弱者とか汚いって思われてしまうものから
価値を見出したいっていう、
そういう気持ちがちょっと強くなってきたんです。
たとえば、
お年寄りイコール社会のお荷物ではない、ということとか。
自分では何もできなくなった人でも、
じつは何かのかたちで、どこかで役に立っているんだって、
そういうふうに思いたいんですよね。
希望的観測のように聞こえるかもしれませんけれど‥‥。
実際、ぼくはお年寄りが大好きなんです。
お年寄りっていうのは、そこにいるだけで
自分にとってすごくプラスになっているんですよ。

ぼく自身も、白髪がふえたり、
髪が薄くなったり、体力も落ち気味とか、
そういうことを感じざるをえない年齢になってきました。
これからはたぶん、それまでできたことが
どんどんできなくなってくるんだろうなあって、
そういう気がちょっとするんです。
でも、それはあがいてもしかたないわけで。
老いというものをちゃんと受け入れる心構えを持ちたいと、
思うようになったんです。
その意味でも、すごく勇気が出る一冊ですね。

   
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  『ルネサンスの画家ポントルモの日記』 ヤコポダ・ポントルモ 白水社/2310円
 

イタリアの画家・ポントルモという人の日記です。
ポントルモさんっていうのは、
ダ・ヴィンチとかミケランジェロとか
旺盛を極めたイタリア・ルネサンスの
ちょっと後に出てきた人なんですね。
この、「ちょっと後に」っていうのがポイントで、
先人たちをすごく崇拝しながら、
「ぼくは彼らみたいになれないけど、
 とりあえずがんばってやっていこうよ」
みたいな感じの画家なんです。
そういうのが、自分にも重なる気がして‥‥。

ぼくらのような漫画家とか、
クリエーターはみんなそうだと思うんですけど、
1970年代というのはまだ文化が若く、
やってないことがいっぱいあって、
才能のある先人がいっぱいいたんですよ。
で、ぼくらみたいに80年代、
90年代に出てきた人っていうのは、
その残りかすを食べてるみたいな意識が
正直、自分の中にあるんです(笑)。

ポントルモさんの日記を読むと、
「今日こんなご飯を食べた」とか「友だちと会った」
みたいな何でもない日常が淡々と書かれているんです。
「天才にかなわない」という苛立ちを抱えつつ、
それでも毎日を大切に生きている様子が。
これを読むと、なぜかしら心が休まるっていうか、
感銘まで受けちゃって。
450年くらい前のイタリア人の
飾り気のない日記に励まされるなんて、すごいですよね。

四十になって、
誰かと会ったり、ご飯を食べたり、眠ったり‥‥
そういう毎日のなんでもないことが
じつはすごく重要なんじゃないかと思うようになりました。
考えてみればぼくにしてみても、
朝起きたら風邪予防に紅茶にしょうがを入れたのを飲んで、
お昼になれば、アシスタントは外に食べに行くんだけど、
ぼくはひとりでそばを茹でて納豆とおくらで
ネバネバそばを食べて、仕事してって‥‥
もう、すごい地味な生活ですから(笑)。
それが大事なんだってことを見つめ直したいときに、
この本を開くんです。

   
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  『リバーズ・エッジ』 岡崎京子 宝島社/950円
 

この「リバーズ・エッジ」という本は、
ぼくのなかでは非常に画期的だったんです。
たぶん、ぼくと同世代の人にはすごくわかるんですよ。
もう、手に取るようにわかる。
なにがどうわかるのかというと、
それを説明するのはちょっと難しいんですが‥‥。
登場人物たちが、みんな微妙に絶望しているんです。
たとえば作品の冒頭で、
「あそこに地縛霊があった」とか「UFOが出た」
みたいなことをみんなが言うんです。
でも、言いながら誰も自分でそれを信じちゃいない。
‥‥つまり、
ぼくらが子どものころには、
ユリ・ゲラーとかノストラダムスとか、
ある意味ロマンチックなものがすごく流行ってました。
でもそれが、この『リバーズ・エッジ』が出たあたりから、
テレビでも本でも「そういうものはないんだよ」
ということを言うようになるんです。
ロマンチックだと思ってたのは、ぜんぶ嘘だったんだ‥‥。
軽く、絶望する‥‥。
ぼくらは、そういう感覚を味わった
最初の世代なんじゃないかと思うんです。
その感覚を「リバーズ・エッジ」は鋭く描いている。
ぼくにとって、画期的な作品です。

主人公たちが死体を見つけるシーンがあります。
「死体を見ると、なんか安心するんだ」
‥‥これ、すごく、ぼくにはわかるんですよ。
ゆるい絶望のなかにいる登場人物たちが、
死体をみることでようやくリアルを感じられるっていう。
ぼくらの世代の人には、
この感覚にピンとくる人がきっと多いと思うんですが‥‥
でも、この10年で世の中はガラッと変わりましたよね。
ぼくらの青年時代にはじまった「ゆるい絶望感」は、
いまもずっと続いているかもしれません。
実態のない情報だけがどんどんやってきて、
それに追い込まれてしまう絶望感‥‥。

虚構の世界には便利なものがたくさんあるけれど、
やっぱりそこだけで生きてはだめだろう、と。
歳をとったせいかそんなことを思うようになりました。
最初に紹介した『まぼろしの小さい犬』にも
通じることなんですが、
「虚構と現実との距離感」みたいなものを、
四十になったいま、しっかり自分で持っていないと
これから生きていくのが大変だぞ、と、
「リバーズ・エッジ」は、
あらためてそれを思わせてくれる一冊なんです。

   
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  『まぼろしの小さい犬』 フィリバ・ピアス 岩波書店/1890円(税込)
 
子どものころに読んで感銘を受けた一冊です。
フィリバ・ピアスという人が書いた児童文学なんですけど、
児童文学とはいえ、優れた作品って本当に優れてて、
逆におとなが読むべきっていうのもいっぱいあるんですよ。フィリバ・ピアスの作品はぜんぶ好きで、
代表作には『トムは真夜中の庭で』があるんですが、
四十になってあらためて読むとなると、
この『まぼろしの小さい犬』ですね。

ストーリーはちょっとうろおぼえなんですけど、
たしか主人公の少年が犬をほしがるんです。
でもその家で犬を飼うことは許されなくて、
主人公は自分の心のなかに犬を作っちゃう。
目をつむればその犬が現れると思ってるから、
目を閉じながら街を歩いて車にひかれそうになって、
危ない目にもあったりするんです。
で、ついに本物の犬をもらえることになって、
子犬が家に来るのを待ってるんですが、
やってくるのはすでに大きくなった犬で‥‥。
少年はすごくショックを受けながらも、
やがて、ふっと気づくんです。
どうしても手に入れられないものがあるということに。
いま目の前にあるものを手に入れないと成長できない、
そのことを悟るんです。
そんなラストは‥‥
いま思いだしても泣きそうになっちゃって(笑)。

主人公の少年は、大人になっていくまでに
理想と現実のあいだを、何度も何度も右往左往します。
その右往左往の仕方っていうのが、
ぼくにはすごく、よくわかって‥‥。
ぼくはもういい歳なんですけど、
この物語で、少年が「ふっと気づく」
一瞬のその感じっていうのが、
今でも座右の銘みたいに染みついているんです。
理想と現実のギャップに揺れて、
「あ、でもそうだよね、やっぱりそうだよね、うん」
って揺れながら、この物語のことを思いだす‥‥。
それが四十になって、とくに多いんですよ。

 

きたがわ翔さんの近況

じゃっかん13歳、中学2年生(!)のときに
プロ漫画家デビューした、きたがわ翔さん。
『19〈NINETEEN〉』『B.B.フィッシュ』『C』
『ホットマン』
『刑事が一匹』などなど、
次々にヒット作を世に送り続け、そのキャリアは、
2008年現在、40歳にして、じつに27年。
13歳でデビューしてから常に一線で活躍し続けることは、
とてつもなくたいへんなことなのでしょう‥‥。

そんな、きたがわ翔さんが、
ことし2月に始めた連載作品を、ご案内いたします。

『成りあがり〜矢沢永吉物語〜』

原作:矢沢永吉 漫画:きたがわ翔
『コミックチャージ』
(角川書店)/290円(税込)にて連載中

矢沢永吉さんの半生がつづられた自伝、『成りあがり』
1978年に出版されベストセラーとなった
このサクセスストーリーのコミック化に、
きたがわさんは取り組んでいらっしゃいます。

ちなみに原作『成りあがり』は、
糸井重里のインタビュー・執筆による一冊。
出版後30年の時を経て、
それのコミック化に取り組む漫画家のかたが、
こうして「ほぼ日」に登場してくださっている‥‥。
ふしぎなご縁を感じざるをえません。

それでは、きたがわさんご本人から、
『成りあがり』を描くにあたっての
いろいろなエピソードをお話していただきましょう。

「最初にこのお話をいただいたとき、
 正直、引き受けるかどうか迷ったんです。
 矢沢さんは、あまりにも雲の上の人ですから、
 へたに描けないというプレッシャーが大きくて。
 ‥‥失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、
 ぼく自身のなかに、いわゆる“ツッパリ”
 というセンスは皆無なんですよ。
 そんな人間が、あの矢沢さんを描いていいものか‥‥
 ずーっと矢沢さんのことが好きで
 神様のように思っているファンの人たちに
 怒られるんじゃないかと思ったんです。
 ちょっと怖いぞ、と(笑)。
 
 そうやって迷っていた時期に、
 矢沢さんのコンサートをみにいったんです。
 そしたら、これがすばらしくて‥‥。
 とにかく観客のみなさんが、いいんですよ。
 みんな親切で礼儀正しくて、ぜんぜん怖くない(笑)。
 おなかの出た50代くらいの不良中年たちが、
 白いスーツにリーゼントで、矢沢さんの曲にあわせて
 一糸乱れずタオルを投げるんです。
 心からたのしそうに、ワーッっと。
 みんな永ちゃんのことが大好きで、夢中になってる。
 素敵だなあって、ほんとに感動しました。
 
 ぼくの絵でコミック化するという決断は、
 矢沢さんご本人がされたのだそうです。
 直接ごあいさつにうかがったんですが、
 じっさいにお会いしてみて‥‥
 当然すごいオーラなんですけど、
 野生的な直感みたいなもので生きているかただと、
 そんな印象を強く受けました。
 だから、もう、
 この野生的な感覚でぼくを指名してくれたのなら、
 それを信じようと思ったんです。
 この人がそう言うならやってみよう! と。
 
 そうして、2月から連載をはじめました。
 原作をそのまま絵にするだけではなくて、
 周囲に漫画だけのドラマをからめながら
 ストーリーを展開させています。
 のびのびと自由に、ぼくなりのヒューマンな
 『成りあがり』を描かせてもらっています。
 
 矢沢さんのご希望は、
 “カッコイイだけじゃなくて、
  情けない部分も含めての矢沢を描いてほしい”
 ということでしたので」

コミックチャージは、
毎月、第1第3火曜日発売です。
くわしくは下の画像をクリックして公式サイトへ!

(こちらの表紙は連載が開始した2/5号のものです)

 
2008-03-14-FRI
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