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ほぼ日刊イトイ新聞

2023-09-21

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・だいたいのものごとは、
 一定の速度で直線的に進むわけではありません。
 停滞したり速度を落としたり、カーブを切ったり、
 大きな盛りあがりを見せたりして進みます。
 ただ、それに関わる人たちは、
 「これで行こう」となったらその状態をキープして、
 まちがいなく進めていこうとします。
 ぼくも、そうしていることが多いと思います。

 でも、ふと思ったんですけどね。
 そんなふうに規則的で安定的な進み方って、
 ほんとは、なかなかあるものじゃないんですよね。
 川の流れにしたって、そうじゃないですか。
 曲がりくねったり勢いを増したり緩やかになったり、
 いわばドラマチックな展開で流れていくわけです。

 なのに、なんのせいだろう、
 そういう思考ができてないなぁと気づいたのです。
 分厚い問題集を一日に何ページやれば、何日で終わる。
 そんな砂時計みたいな考え方が、
 いつのまにか身についていたような気がするのです。
 それは、なんでもすぐに「平均」を考えたり、
 簡単な数式みたいなものをイメージしたりするのと、
 同じような考え方です。
 ある仕事をうまくいかせたいと思ってるときにも、
 個人が人生の設計をするときにも、
 ローン返済の計算みたいに、一回ずつに分割して、
 これを掛け算していけばいいやみたいな考えです。

 大きくカーブを切るとか、急なジャンプをするとか、
 いったん身をかがめるとかが、絶対に必要なのにね。
 どんなことをやっているときにも、途中途中で、
 新しいアイディアや、意識的な変化がないと衰えるんです。

 鉄道の駅が、「駅」のままじゃなくて商業施設になったり、
 電話が声の伝達から、携帯型コンピューターに発展したり、
 同じことを確実にやってても起こらなかったことばかり。
 人間の脳っていうものも、安定しよう安定しようとして、
 懸命に賢明に働いているものなのですが、
 じぶんのじゃまをするくらいじゃないとだめなんですよね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
いやぁ、なによりもじぶんに言い聞かせたいなぁと思ってね。


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