お気に入り記事の保存はアプリが便利!

ほぼ日刊イトイ新聞

2022-08-10

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・最初から、なんでもできる人なんていない。
 じぶんの専門の仕事にしたって、はじめのうちは、
 もっとずっとへただったし要領もわるかった。
 ぼくは、いまでもはっきり憶えているけれど、
 新人のころ、ひとつのコピーを書くために、
 いかにもなにかに悩んでいるような思いつめた顔をして、
 代々木公園に行って考えているつもりになっていた。
 いまにして思えば笑っちゃうようなことだけれど、
 新人はそんなもんでいいのだと思う。
 しかし、やがて、1年後だか3年後だか5年後だかになると、
 新人のころよりもずいぶんといろいろできるようになる。
 7年とか10年後だったら、もっときっとできるようになる。
 「もっとできるようになりたい」と思っているかぎり、
 いくつになっても、もっとできるようになる。
 大人も、子どものように成長するものなのだ。
 たぶん、どこかで止まっちゃうかどうかだけで、
 その止まるときまでは、成長しているのだと思う。
 ちょっと、背丈みたいなものだね。

 大人も子どもと同じようにと言ったけれど、
 チームというのも、子どもと同じように、成長する。
 このごろしみじみと「成長するものだなぁ」と思っている。
 子どもの背丈などとはちがって、どこがどうとか、
 言いにくいところもあるけれど、成長はする。
 いろんなことが、できるようになっているし、
 たがいの手伝い方もじょうずになっていく。
 まだまだ足りないということは、いつでも言えるけれど、
 ずいぶん成長したものだなぁと感想を持つことも、
 とても大事なことじゃないだろうか。

 「やさしく、つよく、おもしろく」ということばは、
 ただの飾りじゃないわけで、
 そうなっていきましょうという意思がある。
 そうなっていくことこそが、ぼくらの成長だと思うのだ。
 「やさしく」にも、「つよく」にも、
 社内で、ふと気がつくことがある。
 「おもしろく」は、いつだって開発途上だけれど、
 「道場」なんかを続けていて、初期のころよりも
 ずっと「おもしろく」に近づいているという実感がある。
 なんだか、「ほぼ日」をずいぶん好きになっている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
満足しちゃダメ、だけど満足がなけりゃおもしろくもない。


ここ1週間のほぼ日を見る コンテンツ一覧を見る
ほぼ日の學校
吉本隆明の183講演
ドコノコ
ほぼ日アプリ
生活のたのしみ展
TOBICHI東京
TOBICHI京都