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ほぼ日刊イトイ新聞

2022-05-16

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・いろんなものごとをやりとげた人たちのことを思う。
 たとえば、映画が完成したとか、絵が描けたとか、
 一冊の本が書けたとか、いいイベントができたとか、
 野菜や果物の収穫ができたとか、授業が終えられただとか、
 なにかのチェックが済んだとか、ごはんができただとか、
 いい考えがまとまったとか、だれかの賛同が得られたとか、
 一見したら筋肉を使ってない仕事も含めて、
 すべてが「力仕事」だよなぁと思うのだ。

 ぼくなんかのやっていることは特にかもしれないけれど、
 どうにも「力」とは関係ないように思われやすい。
 なんだか「クリエイティブ」だの「発想」だの、
 「楽そうでいいな」と面と向かって言われたことはないが、
 そう思われているなと感じることは度々あった。
 思われてもかまわないし、こんなに苦労してますとか
 言うつもりはぜんぜんないのだけれど、
 どういう仕事もかたちはちがうけど「力仕事」だよ、
 ということを、じぶんではわかっていようと思った。
 まぁ、映画の制作現場なんてとんでもなく力仕事だけど、
 観客として画面だけ見ていたら、
 夢のような世界に感じられたりもしている。
 アニメとかゲームの制作も、ねぇ、力仕事だよねー。
 どこの筋肉も動いてないように思えても、
 たとえ身体を横たえてソファに寝そべっていても、
 なにかの結果に結びつくような仕事は、
 やっぱり、たいしたエネルギーをつかう「力仕事」なのだ。
 「送り手=つくり手」としてなにかするというのは、
 「受け手」でいるのと、力の使い方がずいぶんちがう
 (もちろん、「受け手」としてしっかり力を使う
 ということはあるのだけれどね)。

 よく考えてみると「気力」と言われているものも、
 実は「力仕事」に必要な「体力」なのだとわかる。
 「力仕事」から逃れたくなったり、
 力が入らなくなっていたら、なにかするのは無理だ。
 そういうときは、休むか、やめるかしたほうがいい。
 かなりこのあたり、じぶんに言ってる感じなのだけれど、
 「力仕事」にならないように仕事をすることはできない。
 全体の仕事量を減らしてでも、「力仕事」をしたいものだ。
 そのためにも、基礎的な体力をつけておかなきゃねー。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
めしを食うよく寝る運動する。「力仕事」に大事なことです。


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