お気に入り記事の保存はアプリが便利!

ほぼ日刊イトイ新聞

2021-04-12

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・ラーメンを食べさせる店が、店内にジャズを流す。
 ラーメンの源流が中華料理だからといって、
 中国っぽい音楽を流していたら、やや飽きられそうだ。
 そうかといって、大正琴で弾くビートルズだとかでも、
 いかにも「なんかやってる感」があってじゃまになるし、
 演歌のメドレーだと客層が限定されるだろうし、
 いま若い人たちに人気のポップスだと、
 お味が軽くなってしまうような気もする。
 やや真剣味がある、というのもラーメンなのだ。
 そう考えていくと、ジャズは背景音楽としてすごい。
 なにがすごいかというと、「理解されなさ」がすごい。

 ジャズの大好きなタモリさんが、
 はじめてジャズにであったときに衝撃を受けたという。
 音感のいいタモリさんは、たいていの音楽について、
 「そうかそうか、だいたいわかる」つもりでいた。
 しかし、ジャズだけはその少年期のタモリさんをして、
 「はじめて理解ができなかった」のだという。
 そんなことを言わせたジャズって、すごいなぁと思う。
 ラーメンを食べている場で、音楽が流れていたとして、
 それがなにか意味を伝えているとわかったら、
 その意味に、ラーメンも引きずられてしまうだろう。
 「桜の季節にあなたと会って…」でもなんでも、
 環境を、そういう感じに染めちゃうわけですよ。
 しかし、ジャズはそうはならない、
 ほとんどのラーメンを食べている客にとって、
 店内で流れているジャズの曲は、気にとめられてない。
 「抽象画」が飾られているのと同じようなものなのだ。
 どれだけ抽象画の作者が「ゲルニカッ!」とか思っても、
 ラーメン食ってるぼくらには、「そうか」なのである。
 鑑賞する覚悟で見ていたら別なんですけどね。
 ジャズも、聴く気で聴いたらちがうのはわかるよ。
 しかし、焼豚追加で淡麗しょうゆ味とかなんとかの
 ラーメンに対峙している客には、鳴ってても聞こえない。
 そういう役割をしているわけです。

 ジャズ、コンクリートの打ちっぱなし、炭色の制服、
 それだって、なにか表現していないわけじゃないのに、
 なんだか「特になし」という環境を立ち上がらせている。
 いつも、不思議なものだなぁと思いながら、
 ジャズの流れる店でラーメンを食べています。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
もういっそ、「ほぼ日」でジャズを流したらどうなんだろ?


ここ1週間のほぼ日を見る コンテンツ一覧を見る