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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-03-01

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・ぼくは、わりと「無意識」を大事にしているほうで、
 それを、まぁ、無意識にやっている。

 寝ていて、夢を見たりするときに、
 主役級の大事なキャスティングが、ふだんあんまり
 意識してない人だったりすることってない? 
 劇的な恋愛の相手が、「え? この人?!」とか。
 でも、夢のなかでは夢中になってるんだよね。
 夢のなかだけに、夢中…。
 人や、経験、それぞれの存在する意味の軽重が、
 起きているときとちがうのが「無意識」の世界だ。
 だからといって、ぼくは、
 無意識のほうこそ重要であるとは考えていない。
 ただ、「どっちも必要なんだろうなぁ」と思っている。

 日々の経験や、思考がどんどん蓄積して「人生」になる。
 それを「どの経験、どの思考が大事でしたか、
 順位をつけて箇条書きで述べなさい」などと
 試験の問題のように「見える化」するわけにはいかない。
 大事そうじゃないこと、すでに忘れているなどが、
 しっかりとあちこちに絡んできていて、
 ものすごく複雑になっているのだろうと考えている。

 なにかのアイディアが生まれるときでも、
 いかにも重要そうな要素と、そうでもなさそうな要素が
 ふわっとくっついて、「あっ」という考えが見えてくる。
 だから、つまりは、「あんまりそうでもない」を、
 ちゃんと持っていることが大切なんだよねー。
 重要そうなもの、「これだけは大事」というものと、
 たいしたことなさそうな「忘れていていい」ようなもの、
 両方があって「世界」の材料になっているのだからね。

 ぼくの好きな豆知識があってさ、
 空気中の酸素って、5分の1しかないじゃないですか。
 あとのほとんど5分の4は窒素ですよね。
 もっと酸素の濃度が高かったらどうなるかというと、
 「あちこちで山火事が頻発して大変なことになる」って。
 高僧や秀才たちの過ごすお山のなかのお寺と、
 大衆と呼ばれる人の暮らしている町との関係も、
 そんなことなんじゃないかという気がする。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「たいしたことのないもの」あっての「たいしたもの」さ。


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