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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-10-22

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・人がことばを習得していくプロセスについては、
 ぼくなんかの知らないところで、
 さんざん研究されてきているのだと思う。
 だから、わざわざぼくなんかが
 「夏休みの自由研究」みたいな話を
 しはじめる必要もないのだけれど、
 やっぱり興味があるからかなぁ、
 つい「人がことばを習得していくプロセス」
 なんてうれしそうに書き出してしまったりする。

 娘の娘は2歳になったばかりなのだが、
 簡単な絵本をじぶんで開いて声を出して読んでいた。
 それは、娘も小さいときに読んでいた
 せなけいこさんの『きれいなはこ』という本だ。
 「わたしがさきよー ぼくがさきだよー。
 きーっと ねこちゃんがひっかいた…」
 という文字の書いてあるページで、
 声色までつくって読んでいるではないか。
 もちろん、実際には文字を読んでいるわけではない。
 おかあさんに読んでもらったことばを、記憶していて、
 それをじぶんもまねして口に出しているというわけだ。
 やがて、いずれ、文字を読むことをおぼえたら、
 こんどは「わ た し が さ き よ」というふうに
 目で追ったひらがなをひと文字ずつ発音するのだろうか。
 それはそれで、そのようすも見てみたいのだけれど、
 「まね」ってすごいことだなぁとあらためて思ったよ。

 先に「まね」して言えてしまってから、状況に応じて、
 そのことばの「意味や使い方」がわかっていくんだな。
 「学ぶということは、まねぶなんだ」とか
 「門前の小僧習わぬ経を読む」だとか言われるけど、
 幼児のことばの学習ぶりをみているとほんとだと思う。
 じぶんはどうだったろうと振り返って考えてみると、
 「意味もわからずに歌を歌っていた」ことを思い出す。
 『りんご追分』という歌が好きでおぼえていた。
 「りんごの花びらが風に散ったよな」という歌い出し。
 それと、中学生になってからビートルズの歌詞を、
 英語なのに何曲もまる暗記していたこともあった。
 「まねる」ということのいい効果について、
 もっと大事なことと思えばよかったかもしれないなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
昔の人は、好きな詩を暗唱して味わってたりもしたんだよ。


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