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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-07-04

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・生きていくうえで、
 なにより大事なことは、
 名付けようのないものに
 興味を持つこと。

 こどもを見よ。
 あらゆるものごとの
 名も知らぬまま、
 飛びこんでからまりあう。


 7月2日の午後に、ぼくがツイートした文です。
 その日の「今日のダーリン」には、
 ぼくが、コロナ状況下の緊急事態にあわせて
 「なにか有意義でありたい」という病にかかっている、
 ということについて書いてあったので、
 それで失われてしまったことについて考えていたのです。
 「有意義」で有りたいと思えば、
 目や耳も「有意義そうなもの」に向かいます。
 そのことは、「有意義でなさそうなもの」を
 見なくなるとも言えそうです。
 そこで、はっと気づくわけです。
 実際、おれ、意義ありそうなものばかり目に入れてる。
 もちろん、くだらないものも見てはいますが、
 それについても、よく知っているものを採り入れてます。
 つまり、なんだかわからないけどステキみたいなことを、
 じぶんの身の回りから外してしまっているようなのです。

 ほんとうに大事なものは、
 名付けられようのないものごとのはずです。
 仮名の「神」や、仮名の「愛」について人は語るけれど、
 そのことばで、「それ」を名付けられたと思うのは、
 大まちがいだと、みんなわかってます。

 花だからきれい、青空だから爽快だということではなく、
 花を見たとき、空を見上げたときに、
 おおぉと思ったら、その感情がいいじゃないですか。
 いいなぁとか思うことそのものが、いいですよね。
 目があったとたんに笑いあうような関係に、
 有意義もなにも、どうだっていいですもんね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
幼いこどもは、ことばも知らぬまま、歌い、踊っています。


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