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2019-08-26

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・しょっちゅうにならないように、気をつけながらも、
 娘の娘のことを書きたくなる。
 おもしろいとか、かわいいとかも思うけれど、
 そういうことの他に、書きたくなることがある。
 いまさら知ってよかった、という「育て方」のことだ。
 ずっと追いかけていると、発達の過程に発見があって、
 まるで「人類史」を観ているようなのだ。

 いま彼女は、速度を上げた「はいはい」の時期で、
 同時に「つかまり立ち」に張り切っている。
 食べものを、手づかみで口に入れ、
 上手にではないけれど上下4本くらいの歯で噛む。
 こぼした食べものをキャッチするエプロンがあって、
 そのカンガルーポケットのようなところに、
 ごはんだとか、りんごだとかパスタだとかが、
 次々に落ちていくので、周囲が汚れにくい。
 このエプロン、うまい発明をしたものだなと思う。
 食事用の椅子に座って、このエプロンをしていたら、
 どこでどう食事をさせるよりうまいこと行くようだ。

 で、ぼくのおもしろがってるのは、
 食事中にも使っている「水をのむためのコップ」のこと。
 赤ん坊は、おいしそうに、よく水を飲む。
 で、それを椅子に付属の小テーブルに置いておくと、
 うれしそうに手で払って落とすのだ。
 それを、おかあさんが拾う。
 赤ん坊はケラケラとうれしそうに笑う。
 落とす、拾う、落とす、拾うがなんどでも繰り返される。
 手で払うとコップは動いて落ちる。
 この事実をおぼえたので、それをやっているのだ。
 落としたときの「あわわ」とおどけるおかあさんの声が、
 反応として聞こえるのも、きっと満足感があるのだろう。
 おかあさんは、まったく怒らない。
 いま母と子の間にあるべきは「人の迷惑」などではなく、
 「落とすと落ちる」という法則のほうだからだ。
 「落とすのはだめなのよ」とか、まったく言わないで、
 「あっちゃー」とか「じょうずだねー」とか言っている。
 人としての成長の過程で、社会化はまだ要らないのだ。
 こういうことを母親が、知識として学んでいるらしい。
 いい時代になったものだと、おじいさんは喜んでいる。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
家族内での写真動画共有アプリ(『みてね』)のおかげ。


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