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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-01-18

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・年をとると、筋肉が衰えていきます。
 筋肉が衰えると、骨にも負担がかかるし、
 なにかとあちこちが守られにくく危険に晒されます。
 だから、我慢してでも筋肉を使ったり増やそうとしたり、
 トレーニングをしたほうがいいわけです。
 ぼくは、「筋肉というのは家みたいだ」と思ったんです。
 筋肉が弱くなってしまうと、つまり、
 「わたし」が廃屋にいるみたいになってしまう。
 中にいて生きている「わたし」が不安定になるんです。
 しっかりした家(筋肉)に守られていることが、
 ありがたいことなのだなぁと思ったのでした。

 そして、家がないっていう喩えから、
 ほんとうに家がない「ホームレス」を思い出しました。
 ぼくの家の近所でも、よく通る駅などでも、
 このごろはホームレスの人たちを見かけなくなりました。
 おそらくなんらかの方法で、移動させたり保護したりで、
 ホームレスという存在がなくなってきたのでしょう。
 むろん、「家なしで生きていく」という選択も、
 個人の自由であるとは思います。
 しかし、そういう自由があるとは思いつつも…
 寒さ暑さ風雨、人びとの視線、このきつい環境のなかで、
 安定して住める家がないということは、
 基本的な人権に関わるような重大なストレスですよね。
 家がない、ホームレスという状態については、ぼくも、
 できることならないほうがいいという意見になります。

 ぼくらは、屋根があって雨が降ってこない、
 壁があって怪しい人や危険なけものに襲われない、
 ある程度は快適な温度が保たれている「家」に、
 当たり前のように住んでいます。
 どれほどのボロボロの家や部屋だったとしても、
 まずは、いちおう安心して眠れる場所です。
 これが「ホーム」というものであって、
 それが「レス」であるとは、とんでもない境遇です。
 屋根と壁と床、これがどれほど大事なものか。
 暖かい部屋で、点けっぱなしのテレビの音を聞きながら、
 この原稿を書いているぼくは、それなりに快適です。
 そして、もう一度、翻って「筋肉は家なのだ」から、
 筋肉をなんとか維持しようと、努力もいたしましょう。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ぼくは絶対にホームレスになれないという自信があります。


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