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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-08-06

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・昨日は「じぶんちのこ」が、どうしてもかわいく思えて、
 客観的に見られないという話をしたのだけれど、
 そのことについて、同感同感というメールをいただいた。
 そのなかに、「あああ、そうか!」と
 思わず膝を打つような短いメールがあった。
 <人間は自然の目よりも心の目で見てるんですよね>と。
 だれの心にもつながってない「自然の目=客観的な目」
 なんてものはないのだ。
 見ることは、もうすでに心の活動なのだから。
 これは、あらためてそうかと思う発見だった。
 いつも、測量中や検眼中も含めて「心の目」で見ている。
 おもしろいことを言ってもらえたなぁ。

・昨日は、朝から夜まで次々に仕事をしていた。
 これ、すべてがいやいややっていることだったら、
 「死んじゃうよー」なんて漫才のツッコミみたいなことを
 言ってたかもしれない。
 しかし現実的には、じぶんがやりたいことばかりなのだ。
 おもしろいことばかりだし、会う人がそれぞれ、
 ぼくが会いたくて会ってる人たちばかりだから、
 ぜんぜん死んじゃわないのである。
 他人から見たら、たいへんそうに見えるとしても、
 本人にはおもしろくてしょうがないこともあるし、
 他人からお気楽に見えてることでも、
 本人にはつらくてしょうがないこともある。
 「いい時間」は、ハードでも「いい時間」、
 「いやな時間」は、らくちんそうでも「いやな時間」だ。

・出会ったとたんに、「おはよう」のように
 「暑いわね」とかぶつけるように言う人はいないか? 
 その人は、冬にも出会い頭に「寒いわね」と怒っていた。
 どうして、「おはよう」や「こんばんは」ではなくて、
 どうにもならない怒りを吐き出すのだろうか? 
 このあたりの謎が、いまだにわからない。
 あれはあれで、「いまここにある不快についての共感」を
 求めているということなのだろうか。
 ぼくは、そういう共感はしたくないタイプなので、
 「あっついわね!」と言われたら「そう?」と答える。
 「あついねぇ!」と返せば、まるく収まるのにねー。
 それも、夏だから暑いせいなのかもしれない。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
手を洗う回数を増やすことにした。気を引き締めるために。


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