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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-09-19

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・ことばというのは変わるものです。
 ずっと変わらなかったら、
 ぼくらはいまでも古代の人たちと同じことばを
 しゃべっていることになります。

 あるとき、「反則」のように出現したことばが、
 だんだんと一部の人たちから、一般の人たちへと広がり、
 いつのまにか普通になっていくこともよくあります。

 みんなが、よく使っている「かっこいい」は、
 ぼくの記憶では、50年くらい前に子どもや若い人たちが
 使いはじめたことばだと思っています。
 辞書的には「格好が良い」という意味ではありますが、
 「かっこいい」ということばは、
 必ずしも「格好」のことを言っているわけではなく、
 「すかっとして好もしく思える」ものを高く評価する、
 というような意味合いのほうが近いように思います。
 ぼくは、友人の甥が、回らぬ舌で友人のことを、
 「にいちゃん、かっこいい!」と言ったのを、
 なんていい称賛なんだと感動したことを憶えています。

 同じように、女のこからの発信で「かわいい」があって、
 これも「愛すべき」というような意味でとらえられます。
 ま、このあたりは研究家などもいるようですから、
 あんまり深く語らないほうが無難でありましょう。

 ぼくが、このごろの日本語で、
 「うわぁ、これ、市民権を得たなぁ」と降参したのが、
 「めっちゃ」であります。
 「大変に」とか「とても」「非常に」という意味で使われ
 「めちゃめちゃ」の変形として
 生まれてきたことはよくわかるのですが、
 ここまで一般的になるとはなぁ、です。
 「めっちゃ」がこれほど多用されるまでになった理由は、
 おそらく「すっごく」だとか「とっても」には、
 もう戻れないという感覚があるからだと思うのです。
 あえて戻るなら「めちゃめちゃ」に戻るしかないかな。
 ぼく自身は、あんまり好きじゃなかったんですけどね、
 使ってますよ、いまじゃ、「めっちゃ」を。
 めっちゃ使ってはいないですけどね、使ってます。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「やばい」も「まじで」も、たまには使ってるもんなぁ…。


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