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2018-08-17

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・生きるがあって死ぬがあるし、光があって影があるし、
 表があって裏があるし、出会いがあって別れがあるし、
 ほんとはどっちも同じものなんだよなぁと、
 つくづく思うようになりました。
 生だけっていうものはないんだよね。
 死だけがあるってこともなくてさ、
 光だけもない影だけもない、
 右だけもなく左だけもない、そういうものだ。

 変態をする昆虫のサナギのなかは、
 なんのかたちもしてないどろどろなんだと聞いたけど。
 それを知って驚きもしたけれど、なんとなく、
 そうなんだろうなと、まるごとわかった感じもあった。

 なんども言ってるけれど、
 日本の夏、特に八月というのは
 なにかが、なにかに生まれ変わる前の
 坩堝(るつぼ)のような時間に思える。

 夏休みの少年や少女たちは、夏になにかが変わって、
 ちょっとだけ別人になって新しい学期を迎える。
 八月の間は、夢中で夏と格闘していたので、
 じぶんが変わったことに気づけなかったのだ。

 大人になってからも、もちろん老人も、
 生や死や、光や影や、出会いや別れを感じる八月には、
 こころのなかに混沌に似たものを見つけることになる。
 年相応の落ち着きや知ったかぶりができなくて、
 夏の暑さにいったん溶けてみたほうがいいのだろうな。
 実際に、溶けてしまうほどの暑さもあったけれど。

 たくさんの変化が、準備されている。
 変わることを怖れないだけでなく、
 変わることのほうに飛び込んでいくような季節が、
 少しずつ動き出していくはずだ。
 目に見えない人や犬とも、さんざん話したよ。
 じぶん自身とも、たくさんやりとりができた。
 いままでにない夏、はじめてのような八月だったけれど、
 ほんとうにいい時間を過ごせたと思っている。
 たのしみにできるような、じぶんたちでありたいです。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
さぁて、今日は東京ドームに集合だ。どんな試合になるか?


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