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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-04-13

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・「ものごとは考えようだ」と言うけれど、
 「まるい卵も切りようで四角」とも言うけれど、
 みんな無意識のように、そういうことやってますよね。
 「仕事がある」「仕事がない」って、
 けっこう大事な「ものごと」だと思うんですけれど、
 この「まるい卵」は、あるい切り方によっては、
 かなり変わってくるんだよなぁと、ぼくは考えてます。

 若いときから、ずっと思ってることなんですけれど、
 「仕事がない」っていうことは、ありえないんです。
 ぼくはフリーで仕事している期間がたっぷりあったけど、
 「仕事がない」ということは、ありませんでした。
 「売れっ子自慢かよ、おうおう」とか言わないでね。
 いやいや、だれからも相手にされないということは、
 まぁなかったけれど、そういう意味じゃないんで。
 仕事というのは、絶対にあるんですよ。

 まず、「仕事はつくればある」。
 たとえば、羽生結弦さんがインタビューで、
 「4回転アクセルを強い動機にした」と語っていました。
 たくさんの時間を費やして、まだ成功してない、とも。
 4回転アクセルは、仕事として依頼されたものではない。
 羽生さんが、その仕事をつくったのです。
 たとえば、商いをやっている人が店先の掃除をする。
 雪かきなんかが必要なこともある。
 雪かきで売上はあがらないし、人手もかかる。
 でも、雪かきという「仕事をつくった」わけです。
 ともだちの手伝いでなにかじぶんを役立てる仕事。
 依頼されてないけど、マンガを描いている人。
 ぼく自身も、タダに近い仕事やタダの仕事は、
 ギャラをもらう仕事以上の本気でやってきました。
 「仕事をつくった」から仕事があるのです。

 「ほぼ日」は、いつも仕事があるのですが、それは、
 「仕事はつくればある」ので、つくっているからです。
 じゃ、損とか得とかは考えなくていいのか? 
 考える分だけは考えたらいいと思うのですが、
 「損か得か?」よりも、「よろこぶ人がいるか?」なら、
 ずいぶん、仕事はつくりやすくなります。
 たぶん「市場の創造」のさらに底は、それだと思います。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ボランティアの底にある理念も、同じなのではないかなぁ?


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