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2019-03-19

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・まだ続けるのか、ことわざシリーズ? 
 とりあえず、今日はめずらしいやつで書いてみよう。

 「節穴の向こうの猿」は、ぼくの好みのことわざだ。
 箱のなかにだか、塀の向こう側にだかわからないが、
 人のまねをする猿がいるらしいという。
 ちょうどいい節穴が空いているので、
 そこから覗いてみると、猿どころかなにも見えない。
 節穴から少し離れてみると、中になにかは居るようだ。
 しかし穴から覗くとなにも見えない。
 賢明なる読者のご推察の通り、穴の向こうの猿は、
 こちらの人間が節穴を覗くたびに、
 同じように向こうからこっちを覗いているのである。
 節穴は、向こうとこっちの目玉によって塞がれている。
 どちらも、向こうが見えないでいらだっているのである。

 これは、対立関係にある敵味方が、
 同じような次元の行動をとってしまっているため、
 局面が変わらないままになるという意味らしい。
 ほとんどの争い事には、こういう場面がありそうだ。
 いまの社会でのマーケティング競争なども、
 数少ない節穴に無数の猿が、
 張り付いているようなものなのかもしれない
 …などと書いたけれど、
 「節穴の向こうの猿」などということわざはない。
 これは、よく言えばぼくのオリジナル、 
 悪くいうなら、いま考えた嘘である。
 注意深く読んでいる人には、
 文の展開が、しどろもどろに思えていたかもしれない。
 だいたい「節穴の向こうの猿」って語呂もよくないよね。

 ときどき、こういうふざけたことを混ぜないと、
 まじめな「ことわざ教室」みたいになっちゃうからさ。
 気をつけなきゃなと思って、嘘など言ってみました。

 いま、「ほぼ日」の社内は、4月に丸の内で開く
 「第四回生活のたのしみ展」のことで、みんな大変。
 メインの仕事人たちが集まっている本部ができていた。
 その熱気をよそに、のんびりと立ち話している人も。
 ああ、すみませんすみません、わたしもいましたが。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
だけどね、「ことわざシリーズ」は、まだやめないじょー。


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