ほぼ日カルチャん

笑福亭鶴瓶ドキュメンタリー映画『バケモン』

映画

0180

やさしくて、つよくて、おもしろかった。

山下

0180

「やさしく、つよく、おもしろく。」

これは、「ほぼ日カルチャん」を運営する
「株式会社ほぼ日」が、
どういう企業でありたいかを表わしたことばです。

まずは前提として「やさしく」ありたい。
「やさしく」を実行するためには、
地道な練習のように努力を重ねて
「つよく」ならなければいけない。
その上で、「おもしろく」をどれだけ生み出せるか‥‥。
この流れが、わたしたち「ほぼ日」の行動指針です。

と、自分たちを語る書き出しで恐縮です。
これは笑福亭鶴瓶さんのドキュメンタリー映画、
『バケモン』を観た者による感想の文章です。
映画について書きます。

場内が暗くなり、
スクリーンに映像がうつしだされて
30分も経たないところでぼくは、
上のことばを思い出しました。
1時間59分59秒という上映時間のあいだ、
「やさしく、つよく、おもしろく。」を
何度も当てはめながら客席に居ました。

みなさんご存知のように、
鶴瓶さんは「やさしく」の人です。

あの、笑顔。

こう書くだけで、
あなたの頭の中には、もう、ね?
鶴瓶さんのほほえみが像を結んでいるはずです。
カメラがまわっていないところでも
接する人すべてに気さくな鶴瓶さんの
あの唯一無二な性質は、
日本人のほとんどが知るところではないでしょうか。
まちがいなく、ぼくなんぞが言うまでもなく、
鶴瓶さんは「やさしく」の人です。
映画『バケモン』の中にも、
それがあたたかく伝わってくるカットがありました。

「つよく」、については後で述べます。

「おもしろく」。
これもまた当然のことです。
鶴瓶さんはおもしろい。
って、わざわざ書くのがナンセンスなくらいです。
個人的にもこれまでどれだけ笑わせてもらったことか。
鶴瓶さんが生み出した
「おもしろ」や「うれしい」の総量は
とんでもないものだと思います。

「つよく」、に戻りましょう。

鶴瓶さんは「つよく」を
最初からぜんぶ与えられている方だと、
勝手に思い込んでいました。

テレビで目にするアドリブのすごさが、
その思い込みの理由なのかもしれません。
どんな状況が訪れても
(場合によっては追い込まれても)、
みごとな返しでその場を笑いで包んでしまう、
そういうときの鶴瓶さんばかりに
目が向いていたのだと思います。

準備や練習をどんなに重ねても
たどり着けない高次元で、
自由自在に笑いを生んでいる方だと思っていました。
「つよく」を求めなくても
「つよく」がもともと備わっている天才なのだと。

ところが、です。
映画『バケモン』のなかには、
「つよく」を求める鶴瓶さんの姿がありました。

17年間に渡って撮られた映像の多くは、
舞台の裏側を収録したものです。

古典落語に挑み観続ける鶴瓶さん。
稽古、本番、稽古、本番、
稽古、稽古、稽古‥‥。

ⒸDÉNNER systems

ひとりしゃべりの開演ぎりぎりまで、
ネタをびっしりと書きこんだ紙を握り、
それを凝視する鶴瓶さん。
ほとんどがアドリブだなんて、とんでもなかった。

ⒸDÉNNER systems

鶴瓶さんは、
こうした舞台裏の映像を
「俺が死ぬまで世に出したらあかん」
と念を押していたそうです。

笑いを提供する鶴瓶さんは、
稽古や努力を見られるのが嫌なのかもしれません。

でも、しびれました。
かっこよかった。
「つよく」なるために、
鶴瓶さんはこんなに鍛錬を重ねている。

鶴瓶さんは、
やさしくて、すごくつよくて、おもしろい。

ひるがえって自分たちは、いや自分は、
やさしく、つよく、おもしろくなるために、
鶴瓶さんの何百分の一でも
真剣な日々を過ごしているだろうか‥‥。

そんなことを、深く、考えました。

ⒸDÉNNER systems

映画『バケモン』の公式サイトに、
YouTubeがありました。
「これから映画をご覧になるみなさまへ」
というタイトルで、
監督・山根真吾さんの語りによって構成された動画です。

動画の中で、監督が解説します。

「試写会の上映後、拍手は一切起こらなかった。
面白かった、感動したという声は
まったく聞かれなかった。」

「私の実感では100人に8人ほど、
ごく少数の人が何かを感じてくれた。
あなたは、100分の8に入ってくださるだろうか。」

‥‥なんて謙虚な宣伝動画でしょう。
おどろきました。
映画の宣伝ムービーは、
おもしろさや感動をポジティブに伝えることが
一般的ですから。

ぼく自身は「何かを感じた」1人ですけれど、
それは100人の中の
8人のうちの1人ではないと思っています。
「何かを感じた」人は、ぜったいに、もっと多い。

ここからは、さらに私見です。

『バケモン』を観た人々はおのずと、
自分自身と正面から
向き合うことになるのではないでしょうか。
観終わってすぐ拍手をする余裕はありません。
劇場の出口やロビーで
「最高でした!」と言うことができないのです。
まさしく「バケモン」に触れ、
その存在と比べるように
自身の行動を振り返ることで
頭がいっぱいな状況ですから。
しばらくはボーッとなってしまいます。

すくなくとも、ぼくはそうでした。

ⒸDÉNNER systems

最後に、
この映画の大きな特徴を記します。

映画『バケモン』は、
コロナ禍でたいへんな全国の映画館に
無償で提供される作品です。
繰り返します。
「無償で提供」です。
売上の全額が映画館の収入になるのです。

映画界のビジネスに詳しくはありませんが、
これがとんでもない決断と実行によるものだ
ということは、わかります。

この試みを実現させた、
鶴瓶さん、映画スタッフ全員の、
やさしさ、つよさ、おもしろさを感じました。

ぜひ、映画館へ。

「何かを感じた」人が、
100人に8人の割合でないことを証明しましょう。

基本情報

笑福亭鶴瓶ドキュメンタリー映画『バケモン』

2021.07.02より順次公開
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか
全国で上映中

撮影・編集・構成・演出:山根真吾
キャスト:笑福亭鶴瓶
ナレーション:香川照之

制作:クリエイティブネクサス
配給協力:アスミック・エース
製作・配給:デンナーシステムズ

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