SHIRASU

<遠い将来の野望>

 みなさん、お元気でらっしゃいました?

 私は、私の方は、
 低迷いたしておりました。

 今回用にと、いろいろ書いてはみましたものの
 ぜんぜん乗れなくて面白くなくて、
 「ほぼ日」に掲載頂くわけにはいかないでしょう
 というものばかりが、わっははは、
 半端にたくさん出来上がりました。
 書き手としては素人ですが、
 読み手歴の方は長い私がいうのですから、
 その判断に間違いはありませんよ。

 「その人の芸に対する覚悟がたしかでない。」
 白洲さんの言葉通りかもしれない、だとか

 「世の中に出てくる人というものは、
  絶対、運が必要ですけれど、
  運が来た時、波に乗れるかどうかは
  その人の力に係わっているもので、
  いつ来るかはわからない波が来た時、
  さっと乗れるよう
  力をつけておくことが必要なんですよ。」
 という美術商の方がお話し下さったことを思い出して
 私には、波に乗れる力がなかったのだろうか。
 などと思って、
 ますます深いところに、はまっていきました。

 低迷している時というのは、
 隣の芝生が青々見えたりしますし、
 他の人のことを羨んでみたり
 いろいろしてみるわけですが、
 そんなことは
 これっぽっちも解決にはならないのです。

 むしろ、羨んでいる自分がイヤになってしまって
 もっと深みにはまっていくのです。
 少なくとも私はそうで、
 そうして更に更に深いところに、はまっていきました。

 おそらく今までは、
 わかってもらえるとわかっている人たちだけを相手に
 伝えることしかしてこなかったので、
 わかってもらえないかもしれない人たちにも
 発信することへの怖れだけを
 大きく膨らませてしまったことから、
 この低迷がはじまったのだろうと思います。

 「今、書くことに意味があると思って」
 「フェード・アウトしないように」
 といったみなさんの率直なメールを読み返して
 浮上したいと切に願い、
 読んで下さっている方に申し訳なく思いながらも、
 迷った時には最初に戻ることが一番と、
 「なんで、このコンテンツを作って頂いたんだっけ」
 と、最初の最初に戻ってみました。

 はっとしました。
 忘れていました。
 やるべきことがあったんだと気づいた時には、
 既に、はまっていたところの底を蹴って
 急浮上しておりました。

 私には野望があったんです。

 最初の回に私は『白洲正子s』という会に
 所属するものだとお話ししましたが、
 いつかは『財団法人 白洲正子s』を設立したいと
 本気で思っているのです。
 それが、すなわち私の野望です。

 私が白洲さんの本質に出会ったのは、
 ゲストの確か車谷氏が
 ご自分のご本を出版なさった時に、
 それまで交流のなかった白洲さんから
 突然お手紙をもらわれ、
 そのお手紙にどれほど励まされたかのお話しをなさった
 テレビの番組を観ていた時でした。

 財力がなければ『される側』の方を
 応援することは難しいことと思いこんでいた私が、
 こういったやり方もありだと
 驚いて感動したその時のことも、
 しっかり思い出しました。

 悲しいことに、
 有名になれば、ちやほやしてくれるけれど、
 その前の本当に力を貸してもらいたい時には
 しらん顔をされるのが、今の日本の現状です。
 欧米の『される側』の人たちを大切に
 誇りに想う扱いとは、雲泥の差です。
 そこに布石を打つことが、
 『財団法人 白洲正子s』の設立なのです。

 正直言って、今の私たちには全く財力はないですし、
 「次郎」どころか「三郎」「四郎」の存在もありません。
 遠い将来も『財団法人 白洲正子s』の設立なんて
 無理かもしれません。

 ですが『される側』の方たちを応援する気持ちだけでも
 どうしても伝えたいと思いました。
 ここでダメならどこでもダメで、
 この場所「ほぼ日」をお借りしたのは、
 きっとこの気持ちが伝えられる場所は
 ここしかないと思ったからなのです。

 もちろん、白洲さんのような才がない私には
 同じレベルにはたどりつけないことはわかっていますが、
 応援する気持ちだけなら、そんなに差はないだろうという
 生意気な気持ちが片隅にあるのです。

 それでは、今日はここまで、です。

2000-07-20-THU
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