メイキング・オブ・VOLUME(ボリューム)  アンリさんの手帳カバーができるまでの物語です。
 
第4回 魔法の名前。
 
▲突然、セーターをめくって
「ほぼ日ハラマキ」を見せるアンリさん。
糸井 あ、それ、見たことあるよ(笑)。
もう一回見せて、あの人担当だから。
はははは。
風邪ひいてるしね、びっくりした。

ぼくらの仕事の中で、
アンリさんの、そういう隠さない驚きを
感じたケースが一回あって、それは、
「シルク・ドゥ・ソレイユ」っていう
サーカスのグループなんです。
彼らの練習風景から、工場から、
全部見学したんですけど、
まったく隠さないんですよ。
どこで、だれに話を訊いてもいいですよ、
っていう取材だった。
これは、「おまえにできるはずない」っていう
自信でもあるんですね。
アンリ ファンタスティコ(すばらしい)!
例えば、ここ、ヴィジェーヴァノというところは、
靴の職人ですとか、手工芸の職人たちが
いっぱいいるんですけど、
ぼくがまずショックを受けたのは、
やはり、みんな、上手な職人さんですとか、
そういう人たちは、自分のテクニックを隠す。
で、ぼくは、最初のころ、
それにショックを受けたことを覚えてます。
だから、昔からのそういう職人は、
ぼくとは、まるっきり正反対の文化を
持っているのかもしれません。
糸井 例えば、サーカスの技術なんかでも、
クラウン、ピエロですね、
ピエロの練習っていうのを覗いたりすると、
帽子を落として拾うってことだけを、
ずーっとやってるんですね。
彼が、何してるかっていうのを
言葉で説明することは簡単にできるんだけど、
身体で、帽子を落として拾うっていうのを
おもしろく表現するためには、言葉じゃない。
身体しか知らないことがあるから、
できるまでくりかえすんです。
こういうことでしょ、って、わかっても、
誰もできないことなんですよ。
アンリ たしかに。
それに、また、おかしく人を笑わせるってことは
繊細な人しかできないので、
やはり、そういう積み重ねが必要なんでしょうね。
糸井 似たような話ばっかり、
ぐるぐる回ってるんですけど。
まるごと全部を発表しても、誰にも真似できないもの。
そういうものを大事にしたい、と思うんです。

その一方で、ぼくらのやってる連載の中で、
「LIFE」っていう料理のコンテンツがあるんですが、
それは、このレシピの数字の通りにつくれば
おんなじものができますよ、っていうことを、
紹介するページなんです。
それは、じぶんなりの加減をしないでください。
全部このレシピ通りにつくって、
あとで、またつくるときにでも、
自分なりに直してください、って。
この通りにつくったら、必ずおいしくできます、
っていうふうにしてるんですね。

一見、矛盾するようだけど、
作る側と、食べる側、使う側が、
両方が幸せになるようにって考えたときには、
真似できないものと、真似してもらうものと、
両方の仕事が、ぼくらの中にあるんで、
おんなじ「ほぼ日」の中でも、
真逆なんだよなぁって、思いながら、
今日はここで、お話を聞いてるんです(笑)。
アンリ たしかに、たしかに。
とてもいい考えだと思います。
なぜかっていうと、最初はレシピを真似して、
そのあとに、これがしょっぱいから、
ぼくは甘いのがいいっていうことで、
それぞれの好みっていうことを発見することも
いいことだと思うので。
糸井 アンリさんの、職人さんの育て方も
そんなようなことなのかな。
アンリ それはもちろんそうです。
ぼくは、専門の学校にも行ったことがなくて、
鞄の職人さんになる学校に行ったこともないし、
はさみの持ち方ですとか、
針を使っての縫い方っていうのも
学校に行ってならったことはないです。
糸井 あー、そうか。
アンリ 工場の中に、
アレッシオという男の子が働いているんですけど、
その子のご両親っていうのは、
小さな靴の工場を持っています。
やはり、ヴィジェーヴァノの家庭っていうのは、
そういうふうに、親から伝わっていく家業、
みたいな文化があるので、たぶん、
そういう人たちから、ぼくは学ぶこともあります。

▲革職人二代目のアレッシオ
糸井 逆にね。うーんなるほど‥‥。

話題をちょっと手帳に戻すと、
この手帳っていうのは、
見た目、ブックのようだけど、そうじゃないでしょう。
でも、1年間使うと
その人だけの一冊の本になるんですよね。
1年つきあうと、翌年には、自分のことを書いた、
「自分の本」ができてるっていうことになってる。
その本が、アンリさんのカバーと一緒になるわけでしょう。
もう、とてもたのしみです。
アンリ この「ほぼ日」の手帳は、やはり、365日なので、
日常使うものです。
糸井 うん、そうです。
アンリ 例えば、日記のように、
今日は、あ、バター買うの忘れたから
主人に怒られる、ってことを書いてもいいし、
あと、600枚、ひとつひとつちがうので、
みんなそれぞれ中身もひとつひとつちがう
っていうのが、とてもいい「結婚」のようです。
糸井 「結婚」ですね。
その意味でも、だから、
「VOLUME」
(ボリューム:書物の「巻」「冊」などの意)
というタイトルがとっても
びったりだなぁと。
アンリ 魔法の言葉だと思います。
「VOLUME」は。
言葉の発音も、飛ぶ感じで。
糸井 ああ、ヴォリュウ〜ム。
一同 (笑)
糸井 いつ、思いついたんですか?
アンリ もうこの名前をつけないといけないってときに。
糸井 最後に。
アンリ ひらめいた。
糸井 最後ですか。
アンリ できあがってからです。
糸井 できあがってから、ね。
やっぱりねぇ。
アンリ もちろん、そんな、
ペッ、って考えたんじゃなくて、
糸井 ペッ、でもいいってば(笑)。
アンリ じゃなくて、考えて、
どれがいいだろう、どれがいいだろうって
考えて、もうこれしかないっていう。
糸井 うん、いい名前だよね。
とてもいい名前だと思います。
ぼくはそういう仕事をしてたこともあるんで、
名前をつけたりするような(笑)。
力強くて。
なんて言うんだろう、動きも感じるし、
そして知的です。
アンリ チェルトベーネ。
糸井 コピーライターになれると思います(笑)。
アンリ はははは。
糸井 コピー、教えられないですが、なかなか(笑)。
言葉がちがうからね。
いやー、ありがとうございました。
きっと、これを手にした人たちが
みんな、この話と共に喜ぶでしょう。
アンリ もちろんそうでありたいですけど。
でも、ぼくの方がお礼を言いたいです。
糸井さんはじめみなさん、
こちらまで、遠いイタリアの田舎まで、
いらっしゃっていただいて、
ぼくたちの工房を見て、
感激していただけるってことは、
ぼくにとっては、それが一番ありがたいと
思っています。

〈つづきます。〉
 
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2009-12-04-FRI
(c) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN