それは、さまざまな分野の33人です。
経営者、起業家、画家、芸術家。
女優・俳優、お笑い芸人、大学教授。
それぞれの答えは絶対じゃない。
矛盾することさえ、あるかもしれない。
でも、それでいいと思いました。
はたらき方も、はたらく動機も、
はたらくよろこびも、はたらく悩みも、
人それぞれだから。
はたらくについての悩みと答えの森に、
どうぞ、迷い込んでください。
そして、何かのヒントを、
見つけてもらえたらと思います。
ぱぁっと抜け出たときに、
目の前が、ちょっと明るくなっている。
そんな森、そんな展覧会に
なったらいいなあと思っています。

(渋谷PARCOで開催予定だったけど
中止になってしまった展覧会を、
できるだけそのまま、
ウェブ上で展開したいと思います!)

イラスト:佐々木マキ デザイン:tento

33の悩み、33の答え。

読者から寄せられた
数百の悩みや疑問から「33」を選びました。
そして、それらの悩みや疑問に、
33人の「はたらく人」が答えてくれました。
6月9日(火)から
毎日ひとりずつ、答えをアップしていきます。   

Q020

なやみ

なぜ、就活写真を加工するんだろう。

(21歳・大学生)

どうして就活用の顔写真をきれいに加工するんでしょうか。アイドルになるわけでもなし、顔を見て採用するわけでもないのに、写真を加工する理由と意味がわからないです。加工するということは、たぶん「いい子」に近づけることだと思います。ギャルがお料理上手だったら印象がよくなるけど、写真で「いい子」に見える人が口が悪かったら悪印象になりますよね。顔写真を加工して「いい子のふり」してエントリーして、実際に会ってみると「あれ?」となったら、少なくともプラスにはならないのに。

こたえ

なぜ、就活写真を加工したのか?
決め手は、
切り返せる答えを持っているかどうかです。
ただし加工のしすぎには気をつけましょう。
悲劇をまねきます。

こたえた人森村泰昌さん(美術家)

森村
こういう悩みがあるとは、
時代は変わったなあと、つくづく思います。
──
と、おっしゃいますと。
森村
ぼくが学生のころには、当時の流行歌にもあるけど、
長い髪を切って就職することに対して、
ある種の「負い目」が、あったんです。
──
22歳くらいで「もう若くはないさ」って、
現代の感覚とはかなりちがいますよね。
森村
それが、いつからか、みんながみんな当然の如く、
そろいのスーツを着て、
一様に同じような顔をして行列に並ぶわけでしょう。

変わってきたのは、80年代の後半かなぁ。
──
当時はいわゆる「バブル期」ですよね。
世代的に、あまりよく知らないのですが。
森村
90年代には「就職難」で、
世の中が不景気になっていたでしょう。

そうなると、どうにか就職しなければというので、
あまり「疑い」を差し挟まなくなりましたよね。
──
そうかもしれないです。
森村
そうすべきもの。そうしなければならないもの。
なぜなら、みんながそうしてるから。

そうやって
必死に就職先を見つけ出すという風潮の、
その先にあることでしょうね。
──
はい、ええと、何がですか。
森村
履歴書の写真を加工する、ということが。
──
あ、なるほど。
森村
でも、この人は
「写真を加工する理由がわからない」
と書いています。

でも、そのこと自体は明白だと思うんです。
──
少しでも自分をよく見せたい、
ということですよね。

せめて書類選考くらいは通過したいから、
顔写真に「お化粧」をしようと。
森村
でも「真を写さない」のが「写真」なんですよ。
──
あー……そうですか。
森村
だって、同じ人間……
たとえば「ぼく」を撮るにしても、
写真家が変われば、
撮られた顔もぜんぶちがってきますから。
──
たしかに、そうですね。
森村
この人は
加工した写真を貼るのはおかしいと言ってますが、
そういう意味では
「素顔の写真」なんてものも存在しない。

履歴書なんかに貼りつけるのは、
いちおう
「素顔の写真」だとされているのかもしれないけど。
──
森村さんは以前、顔とはすべからく「お面」で、
そのうち「素顔」と呼ばれるものも、
お面のひとつにすぎないとおっしゃっていました。
森村
そうです。
わたしは「人間はフィクション」だと思っています。
だから、その「素顔」もフィクション、
つくりごとの「お面」なんです。

これを逆に言えば「すべてが素顔」だとも言える。
──
メイクを塗りたくってゴッホに扮した顔も。
森村
つまり、どこを探したって
「素顔」なんてものはないんだから
「素顔の写真」も存在しない。

だったら誰でも「なんとかしたい」と思うことになる。
──
人間の「顔」は、着脱可能な「お面」なわけだから。
森村
当然、そこで
「なんとかしない」という選択肢もあります。

でも、その「なんとかしない」という選択も、
他の「なんとかしてる」写真との対比において、
みずからの素直さやら何やらを
主張しようとしてるわけで、
ようするに
それも「なんとかしてる」写真なんです。
──
ええ、なるほど。
森村
まあ、写真を加工しようがしまいが、
みんな、何かしら考えてしまうもんなんですよ。

写真を撮られるというときには、みんなね。
──
たしかに、そうかもしれません。
森村
写真というものは、どうしても、
撮られる側に何かを意識させてしまいます。

自分好みの顔、
自分がいちばん高く売れる顔にしたいということは、
誰でも考えることだと思うんです。
──
どうせなら「写りのいい写真」を選ぼうと、
みんなしますしね。
森村
で、その際の「加工の度合い」というのは、
人それぞれです。

バキバキに加工して
人造人間みたいになった顔に憧れている、
かっこいい、これこそがわたしだ思う人は、
当然そのような写真を貼るでしょう。
──
その人のセンスとか自意識が、
あからさまにあらわれそうです。
森村
だから、そのこと自体は、
いいか悪いかの問題じゃないです。
それはもう好きずき、
どうぞご随意にというほかはない。

だけど、ぼくが面接官だったら、
当然「気になる」と思うんですよ。
──
ええ。
森村
顔写真のこと。
──
はい。目の前に座ってる人と、
明らかにちがう人が写っていたら。
森村
そういう場合、意地悪な面接官だったら
聞いてくると思うんです。
──
履歴書の写真と、実際の顔の異同について。
そうかもしれません。
森村
でね、これは写真だけじゃないんだけど、
履歴書というものは、
実は、そうとう自分の考えやスタンス、
哲学などを
表明しているようなところがあります。
──
ああー……たしかに。
森村
すべての項目を「手書き」にする人もあれば、
パソコンで書く人もいますよね。

パソコンで書くのも一様じゃない。
人によって選ぶ書体にちがいが出る。
──
ああ、書体って、
文章の印象を決定的に左右しますよね。
森村
つまり、手書きにするのか、パソコンで打つのか、
パソコンで打つ場合どの書体を選ぶのか。

履歴書を書くにあたっては、
つねに何かを「選択」しているんです。
そして、そのうちのひとつとして
「写真」もある。
──
はい。
森村
とするならば、
わざわざ「その写真」にした理由を、
きちんと答えられればいいと思うんですよ。

ただ、それだけのことです。
──
なるほど。
森村
ここが就活の決め手になる重要な場面です。
どうして履歴書にこの写真ですかと問われたとき、
あいまいな答えなら
「ああ、そういう人なんだな」と思われて
確実に減点の対象になる。

逆に、おもしろければ加点です。
とにかく、その写真を選択したということに、
きちんとした理由があるかどうかが
重要だと思います。
──
たしかに、そのとおりだと思います。
森村
大げさに言えば「覚悟せよ!」ということです。
これに尽きるんじゃないかな。

自分はどうして、この写真を選んだかという点に、
どれだけ自覚的かということは、
たいへん重要だと思いますね。
──
覚悟の問題。納得しました。
森村
就職活動の面接の場というのは、
自分がどんな人間か、
きちんと言わないといけないところですよね。

だから、何をやっても自由なんですよ、本来。
加工しようがしまいが、
その人の選択なんだから。
──
はい。
森村
でも、その理由については、
聞かれたら、きちんと答えられないとダメ。
──
それだけのことであると。
森村
そもそも面接の試験というのは、
自分自身をアピールする場ですよね。

だって、大勢の中から誰かを選ぶわけですから。
であるならば、
個性を表明する機会であるべきだろうと、
ふつうに考えて思うんだけど。
──
そうですよね。
森村
そういう意味では、
この質問を送ってきた人のほうが、
昨今の就職活動の「枠内」にいる人、
なんじゃないでしょうか。
──
ああ、一見、
現代の風潮に批判的であるように見えて。
なるほど……。

でも、フォーマット文書の最たるもののような
「履歴書」の中身が、
実際はすべて「選択の結果」だというのは、
たしかに、今まで気づきませんでした。
森村
ひとつ、アドバイスがあるとすると。
──
お願いします。
森村
見えなくなるんですよ、だんだん。
──
何が……ですか。
森村
セルフポートレイト作品をつくっている
ぼくの場合は、
加工というよりメイクなんだけど、
気づかないうちに
どんどん「濃く」なっている場合がよくあるんですよ。
──
あー、エスカレートしていって!
森村
これは危険です。写真を加工しているうちに、
いつのまにかほぼアニメになっちゃってるのに、
自分では気づかない、
なんていう事態を就活の場で引き起こしてしまう。

海外の知り合いなんですが、
顔を整形をし続けている
大金持ちのマダムがいるんです。
80歳を過ぎてるんですが。
──
はー……はい。
森村
整形のたびに、
まわりも褒めないわけにはいかないもんだから、
エクセレントとか言って。

どんどん、おかしくなっていってるのに、
本人だけが気づいていない。
──
それは……そうですか。
森村
だから、写真の加工についても、
理想の自分を求めていくうちに、
極端にエスカレートしてしまう。

なのにそのことに気がつかないなんてことになれば、
もうそれは喜劇をこえて悲劇です。
ま、人のこと言えないんだけど(笑)。
──
ちなみにですが、芸術家の方々というのは、
基本的に
「他と同じであってはならない」と思っているし、
実際そうだと思うんです。

うみだすものにしても。
森村
まあ。
──
そのことについての論理的な説明があったら、
うかがえますでしょうか。

なぜ、人と同じじゃダメなのか。
森村
それはね、おもしろくないからです。
そんなんじゃ。
──
おもしろくない。
森村
われわれの扱っているものは
「美」と呼ばれますが、
それというのは、ひとつの価値観の体系です。

で、その「美の世界」を豊かにしようと思ったら、
少しでも多くの「ちがい」を必要とするんです。
──
なるほど。
森村
その「ちがい」の数や種類が有限だとしたら、
「美とは何か」について、
まったく広がりがなくなってしまいます。

10人の絵描きが集まって、
みんなでバラの花を描きましょうと。
──
ええ。
森村
そこで、全員が全員、同じバラの花を、
同じような色で、同じようなタッチで描いても、
退屈でしょうがない。

そんなの、見てられないでしょう。
──
たしかに。
森村
赤いバラを青く描く人、ゴテゴテ描く人、
サラッと描く人……
みんな、それぞれにちがうということが、
世界をおもしろくするんです。
──
ちがうということは、おもしろいということ。
森村
まったく、そうです。

芸術とは、
永遠に「ちがい」を求め続ける場なのですから。
【2020年3月15日、大阪・北加賀屋にて】

このコンテンツは、
ほんとうは‥‥‥‥。

今回の展覧会のメインの展示となる
「33の悩み、33の答え。」
は、「答え」の「エッセンス」を抽出し、
会場(PARCO MUSEUM TOKYO)の
壁や床を埋め尽くすように
展示しようと思っていました。
(画像は、途中段階のデザインです)

照明もちょっと薄暗くして、
33の悩みと答えでいっぱいの森の中を
自由に歩きまわったり、
どっちだろうって
さまよったりしていただいたあと、
最後は、
明るい光に満ちた「森の外」へ出ていく、
そんな空間をつくろうと思ってました。

そして、このページでお読みいただいた
インタビュー全文を、
展覧会の公式図録に掲載しようか‥‥と。
PARCO MUSEUM TOKYOでの開催は
中止とはなりましたが、
展覧会の公式図録は、現在、製作中です。

書籍なので一般の書店にも流通しますが、
ほぼ日ストアでは、
特別なケースに入った「特別版」を
限定受注販売いたします。
8月上旬の出荷で、
ただいま、こちらのページ
ご予約を承っております。

和田ラヂヲ先生による描きおろし
「はたらく4コマ漫画」も収録してます!
どうぞ、おたのしみに。