とんでもない、原丈人さん。 次の時代のヒントは、この人のなかに?  第2部 「コンピュータ以上に便利な道具」と 「新しい株式市場」をつくるという話

第3回 どんな言語でも翻訳してくれる コンピュータ以上に便利な道具

糸井 改めての感想なんですけど、原さんにとって
「考古学」と「スタンフォード」って
すっごく、大きな影響を与えていますよね。
そうですね。

今のわたしの仕事や考えかたのベースとなるくらい、
深く関わっていますよね。
糸井 ああ‥‥あと、忘れちゃいけない。

「原信太郎さん」と
「鉄道模型」というのもあった(笑)。
ええ、まぁ(笑)、そういう意味でしたら、
「語学」というのも、
昔から、ひとつのテーマではありましたね。
糸井 えーと、もしかして、原さんは
「英語くらいしゃべれなきゃダメだろ」って
思ってらっしゃる派‥‥ですか?
いや、これがまた、ヘタくそでね。
糸井 え、意外。
むしろ、世界中のみーんなが、
日本語でしゃべればいいのにと思ってる。
糸井 えっと、ふだん、ほとんど海外にいて、
「英語ばかり」でしょうに‥‥。
はい。
糸井 英語しゃべれなきゃダメだぞって
言わないんですね!?
言いません。
糸井 ああ、よかったー‥‥(笑)。
以前、世界銀行の総裁をやったような人と、
英語で議論したことがあって。

そのとき彼は、わたしの主張に対して
二重否定、三重否定のような
英語のテクニックを使って、反論してきたんです。
糸井 そりゃ、ずるい。
だから、そのときに、言ったんです。
あなたは母国語だからいいけれど、
わたしは、
あなたのために外国語で話してるんだ、と。
糸井 うん。
あなたは、母国語でやってるじゃないか。

わたしは、思うにまかせない外国語で、
しかも、あなたの国の問題について議論している。
それだけでもタイヘンなのに、
これ以上、話を複雑にしないでくれと。

もし、もっと複雑な話をしたいんだったら
日本語じゃなきゃイヤだと言って、
その場から、帰ってきちゃったんですよね。
糸井 ああ、やりそうですねぇ(笑)。
そしたら彼、ビックリしちゃったみたいで。

英語以外の言語で議論してくれだなんて、
言われたことなかったんですよ、きっと。
糸井 しかもそういうときの原さんって、
ほんと真剣に言うんでしょうね。

あの‥‥まるで怒ってるみたいに(笑)。
「世界共通語としての英語」を使うのはいいけど、
「母国語としての英語」を使うのはフェアじゃない。
糸井 ああ‥‥ルールがちがいますもんね。
でも、ビックリしつつも、わたしの言うことを
「なるほど」と、わかってくれたみたいで。

‥‥まあ、そのへんは一流でしたけどね。
糸井 つくづく、おもしろいなぁ。
フランスにアルザス・ローレンヌ地方ってあるでしょ。
行ったことあります?
糸井 ‥‥はぁ、ないですけど。
そこに住んでいる人たちというのは、
普仏戦争、第一次・第二次世界大戦のたびに、
自分の住んでいるところが
ドイツ領になったり、フランス領になったりしたんです。
糸井 ええと‥‥はい。
そのたびに、学校の授業をはじめ、教育言語が
ドイツ語になったり
フランス語になったりするもんですから、
「両方が母国語」みたいな人がいるんですって。
糸井 へぇー、そうなんですか。
‥‥というふうに、聞いていたんですけど、
実際に行って確かめてみたら
そういう人たちでも、
やっぱり母国語は、どっちかみたいなんですよね。
糸井 なんでだかわかりませんけど、
ちょっとホッとする話ですね。
ノーベル賞を穫ったドイツ人の医者で、
アルベルト・シュバイツァーって人がいましたが、
彼もアルザス地方の生まれで、
ドイツ語とフランス語で本を書いてる。
糸井 ほう。
わたし、子供のころ彼に憧れて、
著書はほとんどぜんぶ読みましたが、
そのなかに、フランス語でものを書くときと、
ドイツ語でものを書くときとでは、
発想や思考法がちがうんだって話が
出ていたように思います。

自分の母国語は、やっぱりドイツ語。

ドイツ語で書いたものを、フランス語に訳したら
自分の文章とはちがってくるって。
糸井 それ‥‥感覚的には、わかる気がします。
だから、ようするに何が言いたいかというと、
やっぱり「言葉」というのは、
話す人たちの文化を伝えるんだと思うんです。
糸井 うん、本当にこころから発した気持ちって、
外国の単語と文法に乗っけても
なんだか「届く」ような気がしませんもの。
そう、そうなんです。
糸井 日本人にとっての
うたごころ、みたいなものというか‥‥。
うん、そう、まさにそう。

まさにそう‥‥なんだけれども、
わたしは、
その「届かない言葉」というものを
届かないまでも、最低限「わかる」ようにしたい。
糸井 え?
たとえば、日本語で「赤い」という概念を
英語に訳すのは、簡単ですよね。
糸井 あ、それならぼくにもわかる。
答えは「レッド」です! ‥‥って(笑)。
それじゃ「つぼみ」という言葉を
ドイツ語に訳したら?
糸井 ‥‥。
クノスペンと言うんですけれど、
この他にも、いくつかあるらしいんですよ。

同じように、イヌイットのあいだでは
「雪」を指す単語が100以上もあるそうです。

日本人にとっては、
さらさら雪も、べたつく雪も、大粒の雪も
みな「雪」でくくれるでしょうが、
イヌイットにとっては、ぜんぶ異なります。

でも、今のコンピュータの能力では、
イヌイットの「雪」を
フレキシブルに訳し分けることなんて、まずムリ。
糸井 ムリそうですね。
でもわたしは、そういう技術を実現したいんです。

そして、何語でしゃべっても大丈夫で、
何語にも変換してくれるような道具をつくりたい。
糸井 そんなの、できるんですか?
できる。

パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズという
テクノロジーを使えば、できると思う。
糸井 えっと、すいません、今のもう1回。
パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ。
略して「PUC」。

使っていることを感じさせず(パーベイシブ)、
あらゆる場所に遍在し(ユビキタス)、
利用できるコミュニケーション機能のことです。
糸井 ‥‥はぁ。
わたしが独自に考えだしたコンセプトなんですけど、
これが「コンピュータの次の時代」を担うと思ってる。

<続きます!>

2008-09-10-WED

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