ジブリの仕事のやりかた。
宮崎駿・高畑勲・大塚康生の好奇心。


15
 完璧なものは、つまらない。

 
高畑勲さんが、30代後半から40代という
初期から中期にかけての年齢で演出した作品には、
『ホルスの大冒険』( 1968年)
『ルパン三世』(1971〜1972年)
『パンダコパンダ』(1972年)
『じゃりン子チエ』(1981年)
といったものがあります。

それらのかつての仕事を語る際に、高畑さんは
「欠点はあったけどおもしろかった」と、
「完璧ではなかった点」を
指摘することを忘れませんが、
同時に「おもしろかった」と言わないことは
ありません。

自分のやっている仕事や、仕事をする環境への、
過大評価も過小評価もしない客観的な立場こそが、
実は、仕事を一歩でも二歩でも進める上では
大切なんだ、と、高畑さんは、話してくれました。
さまざまな分野に通底する仕事論を
おとどけいたします。

ほぼ日 素人の時には、
「完璧な名作ばかりを見ている視野で
 目の前のものを批評する立場にいる」けど、
実際にものづくりにとりかかると、
「限られた条件の中で、
 どれだけおもしろい企画にするか、
 という戦いになってくる」というところは、
きっと、多くの人が共感する話だと思います。

一歩でもいいから前進できたら、
自分にとっては、おもしろい仕事ができるし、
そういう些細な実感が、仕事をつなげてゆくには
とても大切なことだった、という高畑さんの話を、
なんだか、うれしくなりながら、聞いていました。

さきほどおっしゃっていた
「自分のことを、完全無欠な立場からは見ない」
という立場について、
さらに詳しく、お話を聞かせていただけますか?
高畑 よくよく考えると、
完璧なものってそうそうないよ、というか、
もちろん自分も含めて言うのですが、
「『世の中、ダメなことばかりなんだ』
 ということは、もう
 はじめから認めてかかったほうがいい」

ということは、若い人には言いたいんです。

腹が立っても、
まずダメさを受け入れた上で、
そこでなにができるかどうか、
ということを考えたほうが
ずっといいのだと思います。

やっぱり、
あんまり立派なことばかり考えていたり、
完璧なものを目指そうとするからこそ、
「それが実現できない」
とわかったとたんに引いてしまうというか、
若い人なら、一足飛びに
この世の中から隠遁してしまう、
というようなことが起こるわけで、
そういう挫折はつまらないと思うんです。

あんまり立派なものを目指さなければ
けっこうおもしろく見えるものも、
完璧の状態を想定している人から見たら、
ぼくがかつて『白蛇伝』を
おもしろくないと感じたように、
やっぱり、
つまらないものに見えてしまうんです。

そういう態度って、危険ですよね。

だったら、むしろ、
世の中なんて不完全なものだと
思っていたほうが、
その不完全さの中に「いいこと」を
ちゃんと見いだすことができるようになるし、
それをよろこぶことが
できるのではないでしょうか。

そしてむしろ着実に、
一歩一歩その不完全さに挑戦して、
少しはましなものにしていく
エネルギーもわいてくるのではないでしょうか。

いま、やたらと
「心のケアが大事」などと
「心」や「思い」について
とりあげられることが多い時代ですけど、
その場合の「心」や「思い」って、
他人の心ではないですよね。

問題を抱えている当人が、
自分自身の「心」や「思い」しか
考えていないまま苦しんでいるという場合が
非常に多いと思います。

もともと、ぼくは「思い入れ」よりも
「思いやり」のほうが大事だと思っているんです。
ここでいう「思いやり」というのは、
相手への配慮というふつうの意味だけでなく、
もっと広く
「他人に関心をもつ」
「他人の心を伺い知る」ことなんです。

自分の「心」や「思い」だけを
見つめてしまう人は、
往々にして「思い入れ」が
強過ぎるのではないかと思っています。

「思い入れ」って、
主観的な「思い込み」なんですよね。
自分がいいと思うだけのもので、
そこには客観性がひとつもない。
その一方で、自分以外の他人に対して、
想像力をはたらかせて
「思いやり」をはたらかせることが
非常に少なくなってしまっているのでは
ないでしょうか。

「心」や「思い」の時代だからと言って、
自分のことしか考えていないと……
確かに、一般的に言えば、
昔の人もなにもみんな
「自分のことしか考えられない」
と言えばそうだし、そのまま
今日に至っているのでしょうが、
しかし同時に、そうはいかないから、
まわりのことも考えて、
いろいろなことをやっていたのでしょう? 

この「思いやり」と「思い込み」については、
ぼくがつねづね
「ハラハラとドキドキは、違うものだと思う」
と言っていることとも
関わっていると思っています。

日本のアニメが、今絶頂に達しているのが
「ドキドキ」のジャンルの作品でしょう。

見る人は主人公のすぐそばにいて、
主人公に「思い入れ」ながら、
同じ体験を味わう。

先がどうなるかわからない、
シチュエーションもわからない……
闇の中を主人公と一緒に進む。
突然、敵があらわれる。
一瞬、主人公といっしょに
びっくりするんですけど、
主人公は見事にその敵を倒してくれる。

これが、日本のアニメーションとして
流行っていて、今、強く
人にアピールしているものなんです。
つまり、ドキドキしっぱなし。

日本のアニメーションは、
基本的には、この「ドキドキ」の世界で
最高峰になっていったわけです。

見る人を作品世界に連れこんでしまって、
主人公と同じような気持ちを味わわせる。
そのために、背景はどんどん
リアルにならざるをえなかったんです。

外から作品世界全体を見て
「客観的に、おもしろいね」
という見方ではありません。

主人公が見ているものをそのまま見て
感じなければならないわけだから、
リアルにならざるをえないじゃないですか。

それでどんどん、
日本のアニメというのは、
リアルになっていったんです。

ところが、
「ハラハラ」は、状況を把握した人が、
「あいつは、主人公は、
 このシチュエーションのなかで
 うまくやっていけるだろうか?」
と心配している状態ですね。

そこでは判断力が働いているし、
客観的に見つめているわけです。
つまり、「思いやっ」ているわけです。

ぼくはこの「ハラハラする」という発想が
大切だと思っています。
他人と一体化して「思い入れ」られるのは、
映画やアニメでしかありえません。

現実社会では、
他人を他人と認めたうえで、その気持ちや運命を
「思いやる」しかないのですから。

じつは「ハラハラ」だけじゃない。
好奇心旺盛な
野次馬の立場も必要だと思います。

ともかくみんなが、
他人のことも自分のことも、
まずは客観的に突き放して見る立場を
確保しないといけないんじゃないだろうか、

ということは、ずっと考えているんです。
そうでなければ「笑い」もありえないし。

ネット依存症という
引きこもりの一種の人たちも、どうやら、
「ネットだけで自己実現ができてしまう」
らしいんです。

ネットのある種のゲームの中には、
そこに社会があって、
実社会以上の現実感や達成感が
得られるものもあるらしいんですよ。

たしかに、そういう満足感を
得られるんだったら、わざわざ
もう社会に出る必要もないでしょう。

そこに没入して、
現実の世界では得られないような
「ドキドキ感」を充分に味わえてしまったら、
やっぱりそっちのほうがよくなっちゃう人も
出てくるかもしれません。

もっと「ハラハラ」するような、
外から自分の位置を見る目が
あったほうがいいだろうなぁ、
とぼくは思っています。

外側からものを眺めていると、
けっこう世の中、
おもしろいことばかりなんです。
それを自分にひきつけようとしすぎると、
なんだかあんまり
おもしろくなくなっちゃって、
損をしてしまうのではないでしょうか。

また、これはぼくが
年をとったせいかもしれませんが、
客観的に見れば、人間っていうのは、
非常に単純なことで満足できるように思います。


たとえば今日は、非常に暑かったのですが
「夏としては
 非常に気持ちのいい光が
 あったことはよかった」
といううれしさって、
けっこう長続きするんですよ。

それから、
「たのしみにしていた遠足の途中で
 雨が降ってしまったらつまらなくなる」
かどうかですが、
雨でたいへんな目に遭ったことの方が、
かえって印象に残ってしまうほうが
多いですよね。

あとから客観的に見れば、
「それも、よかったことではないですか?」
ということです。

家族も、ことあるごとに、
つまらんことで大騒動しますけれど、
大騒動や失敗って、あとで思い出すと、
たいていおもしろいことですよね。

「待ち合わせをして、
 相手が来なくて腹を立ててしまい、
 ひどいことになってしまったけれど……」
というような記憶だって、
やっぱり、忘れられないもののはずです。
そういうもののひとつひとつを、
自分の外から眺めて
「おもしろいなぁ」と思っていれば、
ふつうの人がふつうに生活しているだけでも
「おもしろさ」は、たくさん持つことが
できるのではないでしょうか。

宝物とまでは言えない記憶かもしれなくても、
それはそれで、なにか「いいこと」なのですから。
  (次回に、つづきます)

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2004-08-04-WED


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