BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

第1回 虫愛づる姫と昆虫少年

第2回
ゴキブリは金持ちだ?
矢島 昔、スズムシを飼ってたとおっしゃってましたけど、
餌は何だったですか。
川上 動物性のものとか、
あとはキュウリやナスという感じで。
矢島 動物性のものというと……。
糸井 煮干しとか?
川上 ええ、お魚系のものでした。
矢島 動物性の餌を与えるのは大事なことなんです。
ところが日本人は不思議なことに、
虫にはキュウリだけでOKと決めつけてる。
だけどコオロギの仲間は雑食です。
動物質を与えないと簡単に死ぬんですよ。
川上 野菜だけだと、共食いしたりしますもんね。
矢島 そうそう。
キュウリさえ与えればいいというのは、
僕、虫屋の陰謀じゃないかと思ったことがあるんですよ。
そうして虫がすぐに死ねば、また売れる。
すると虫屋さんは儲かる。
糸井 虫屋ですか。
矢島 江戸時代から虫屋という商売はあったんです。
商品第一号がスズムシ。
ラフカディオ・ハーンは
そういう虫屋のことを書き残しています。
あの人、日本のいろいろなことに驚くんだけど、
「虫が売れる国がある」
ってことにもビックリして、詳しく調べたんですね。
ラフカディオ・ハーンなかりせば、
日本の虫屋の歴史はわからなかった。
それによると、
須田町にいた忠蔵という男が
虫屋第一号らしい。
野菜や佃煮を売る煮売屋で、
たまたま虫好きで、
スズムシを野菜の上に置いといたら、
売ってくれというお客がいっぱいいて、
虫が商品になることに気づく。
糸井 レコードのない時代に“音”を売る。
ある種、情報産業ですよね。
矢島 ところが売り始めた虫は引く手あまたで、
すぐ品切れ。
そこに登場するのが一人の武士で、
下谷に住む浪人がアルバイトでスズムシを増やし、
忠蔵に卸すようになる。
つまり虫問屋ですね。
こうして江戸時代から始まった虫屋の系譜は、
暖簾分けしながら、
その後もずっと続くんです。
僕は、その流れを組む虫屋さんを
両国橋のたもとに訪ねたことがあります。
餌や飼育方法とか、
元禄時代から伝わる秘法をそのまま守っていて、
いやぁ、感心しましたね。
糸井 江戸時代、虫屋が繁盛するくらい日本人は
虫の声が好きだったんでしょうけど、
鳴き声にもいろいろあって、
耳障りなのもありますね。
矢島 鳴く虫には、
コオロギの仲間とキリギリスの仲間がいましてね。
形での見分け方は、
コオロギ科は体が上下に偏平で、
キリギリス科は左右に偏平。
クツワムシ、ツユムシなんかはキリギリス科です。
耳障りなのが、このキリギリスの仲間。
音はだいたい1万キロヘルツ前後で、
ジーッというような……。
糸井 うるさい音域なんですね。
矢島 人間にとってイヤな音で、いわゆるノイズ。
一方、コオロギの仲間は5キロヘルツ以下で
耳にやさしい。
スズムシなんかそうです。
コオロギ科で音がいちばん低いのは、
カンタンという虫で2キロヘルツ。
「鳴く虫の女王」と言われますけど、
虫で鳴くのはみなオスですから、
女王というのも変な話ですね。(笑)
糸井 どんな音ですか?
矢島 スズムシがリーンリーンなら、
カンタンはルルルルルルルル……。
単調でリズムや抑揚のない鳴き声が、
なぜだか心安らぐ。
「カンタンを聞く会」というのもあって、
毎年、9月の第二土曜日に御岳山に登るんです。
月を見ながら虫の声を聞く−−。
なかなかいいもので、200人くらい集まりますよ。
糸井 これが大量にいるアブラゼミなんかだと、
相当うるさいですが。
川上 私、最近、耳鳴りがするんですが、
これがジーッというから、
セミが夜に鳴いているのかと思っちゃって。
音が一緒で区別がつかないんです、
耳鳴りとアブラゼミ。
困りますね。(笑)
矢島 虫の声は羽根をこする摩擦音で、
喉から声を出す鳥とは発声法がまったく違う。
だから「ホーホケキョ」とか
「チュンチュン」とか鳥の泣き声は
僕らも真似しやすいけど、虫は難しい。
ただその中でもエンマコオロギなんかは、
「コロコロリー」と鈴を転がすような
きれいな鳴き声で、わかりやすいですけど。
川上 エンマコオロギの声はいいですよねえ。
濡れ縁の下に1時間くらい潜って、
何十匹も捕まえたものでした。
糸井 意外と大きく跳ねるの。
あの軌跡も美しくて、スポーツマンみたい。
川上 次に跳ぶ先を予想しながら、パッと手を伸ばす。
予想が当たって、
たしかに掴んだときの爽快感がたまらない。
糸井 わかりますね。
僕は虫好きなほうだけど、
「こりゃ、たまらん」
と思ったこともあります。
フィリピンで、
ホタルが群生してる場所に行ったら、
体中がホタルだらけ。
最初のうち「きれい!」と言ってたのが、
そのうち「こいつらー」みたいな感じになってね。
光るのが1匹2匹なら可愛いんだろうけど……。
何ごとも、過剰ってかなわんですね。
川上 山に蝶々をとりに行ったとき、
腕とか肌が露出しているところに、
どんどん蝶が止まりにきますね。
群がるように。
あらまあどうしましょう、という感じです。
矢島 あれ、汗を吸いにくるんです。
花に集まるような蝶々じゃなく、
樹液にくる茶色っぽい蝶ですよね。
変な話だけどウンチやオシッコにも集まる。
川上 なるほどなるほど……。
矢島 蝶の話が出ましたけど、
日本人は蝶と蛾を分けて、
なぜだか蛾を忌み嫌いますね。
でもヨーロッパやアメリカの人は、
蝶と蛾を分けないですよ。
日本人は善と悪、美と醜という対立概念で、
蝶と蛾を見てるんですね。
それで昼間飛んでいるきれいなのが
蝶だと思ってる。
でもね、
昼に飛ぶきれいな蛾もいっぱいいるんですよ。
それをみなさんが勝手に蝶々と言っているだけで、
今わかっているだけで、
日本で蛾は6000種類います。
蝶は250種類。
6000対250。
ぜんぜん比べものにならない。
糸井 蛾のほうが圧倒的に多い。
矢島 こう考えればいいですね。
蝶と蛾は一つの木で、
その中のわずか1本の枝を、
僕らが蝶と呼んでいるだけ。
別の言い方をすれば、
蝶は不幸にして昼にしか飛べない蛾なんです。
ところが蝶好きの人は、どうしても蛾と分けたい。
糸井 蛾なんかと一緒にしてほしくないってね。
矢島 名前を聞いただけでイヤだというのは、
あれと似てますね。
ゴキブリ。
川上 ゴキブリって、でも安心感がありませんか?
糸井 安心感?
川上 脆さがないというか……。
蛾と蝶でも、蛾の方がちぎれない感じがして、
これも安心感があるように思うなあ……。
糸井 やっぱり死とか破滅が怖いんだ。
僕も小さいときは、ゴキブリ好きだった。
コガネムシだと思ってから。
川上 あっ、そういう人、多いみたい。
糸井 「黄金虫は金持ちだ」っていう歌も、
ゴキブリのことだろうと……。
矢島 その解釈は本当だという説があります。
「黄金虫は金持ちだ」を作詞した野口雨情は、
出身が茨城。
で、茨城の日立界隈では、
今でもゴキブリのことをコガネムシと呼びます。
ゴキブリ説は昆虫学的にも考証できるんですよ。
「金持ちだ」は
小判を持っているという意味だというんですが、
たしかにゴキブリはおなかに卵嚢、
卵の袋をつけてて、それが小判に見える。
糸井 財布の形に似てるんですよね。
矢島 ちょうどガマグチ。
その中に卵が20個くらい入ってるのを、
しばらくの間、おなかの先にくっつけて歩いてる。
糸井 たしかに金持ちだ。
矢島 それに江戸時代までは、
蔵のあるような家でないとゴキブリはいなかった。
というのも普通の民家だと、
すきま風で寒いから、ゴキブリはいられない。
蔵のあるような家は、すきま風もなく暖かいから、
冬でもゴキブリは住み着く。
だからゴキブリがいることは自慢だったらしいです。
「うちにはゴキブリがいるんや」って(笑)。
黄金虫=ゴキブリ説には、
そんな理由もあったんですね。
菌を運ぶとか
人間に寄食するやつがはびこっちゃったから
イヤがられるようになったけど、
ゴキブリは
もともと人間にかかわりなく生きていたんです。
なにしろその歴史は、
われわれ人類よりはるかに古い。
川上 何億年も前から生きていると言われていますね。
矢島 僕はロシアの博物館で、
琥珀の中のゴキブリを見せてもらったことがあります。
約3億年前くらいのゴキブリなんですが、
今のとほとんど形が変わってない。
カゲロウやトンボはそのあとに出てくるんです。
ですからゴキブリは、
羽根を持って飛べるようになった昆虫の原型、
生きている化石といってもいい。
ほんとうは尊敬すべき存在なんだけど……。
糸井 でももう、いまさらねぇ。(笑)
矢島 そうなんですね。

第3回 アリの国家戦略

2001-07-01-SUN

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