BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

「スポーツ観戦のメダリストになる」
(シリーズ4回)

第1回 物語にする前に

第2回 スポーツと科学

第3回 
■コンプレックスが強くする
糸井 大後さんが神奈川大に行かれたときは
箱根駅伝で予選落ちばかりしてたような
チームだったわけで、
最初からいきなり強くはできなかったんでしょう?
大後 選手は、やりたくない、できない、というレベルです。
3年間は理屈もまったく通用しない。
「やりたくない」「できない」
「できたらいいなあ」「できるかもしれない」
「できる」「やろう」の6段階の意識の中で、
選手たちがどこのレベルかを押さえて、
それに応じたやり方をしないと、
走ることそのものが嫌いになります。
ここまではやらせたいと思うから、はじめは嘘も方便。
本当はそういうデータなんか出てないのに、
「こういうデータがある」と言って木に登らせる。
そこのところに時間はかかりましたが、クリアすると、
あとはわりとポン、ポンと。
糸井 で、優勝まできちゃった。
選手のモチベーションという部分ではどうですか? 
つまり、「やる意味」っていうのを
どうやってキープさせるか。
大後 僕は選手になぜこの大学を選んだかを問うんです。
24時間のうち3分の2は競技のことが中心。
膨大な時間と、仕送りも含めて、費やすお金を
無駄にするならもうやめろと。
やりたくないことに4年間を
費やす必要はないですから。
糸井 それはある程度、素質のある選手に対して、
通用するんでしょう。
大後 いや、ぜったいにレギュラーに
なれないとわかってる選手も
一所懸命にやるんです。
ここにいるだけで価値があると。
僕はそういう選手に神経を遣います。
レギュラー連中は大まかなことだけでいい、
手をかけなくても自分で面白くなるから。
結局、チームの中でいちばん惨めで
つまらん思いをしている連中が、
どのくらいの意識の
レベルで競技に打ち込んでいるかが、
その組織の価値だと僕は思うんです。
糸井 私、ついて行きます。(笑)
増島 大後さんが言ったようなことが
外的モチベーションとすれば、
もう一つ、内的モチベーションがあって、
それはコンプレックスなんですね。
今回のオリンピックのメダリストはそういう人ばかり。
スケートの清水選手の場合、
体は弱くて小さい、喘息もある。
お母さんに聞いたんですが、
子供の頃、近所のおばさんに
「体が小さいのによく頑張るね」って言われて、
ずいぶん怒ったんですって。
相手はほめてるわけだけど、
そういう思いって、彼しかわからない。
大後 スポーツ選手って、だいたいそうですね。
また、コンプレックスを
感じていない選手は伸びない。
糸井 強く「学ぶ理由」があるわけだ。
増島 サッカー選手にもいっぱいいます。
いじめられっ子だったとか。
マラソンの有森選手も、自分は何の取り柄もない、
走らなかったら死んだも同然だって、
当時リクルートの監督だった
小出さんに言ったんですね。
だから彼女にこれだけいろいろなことがあっても、
いい走りをすると私は確信しています。
長野五輪スピードスケート銅メダルの
岡崎朋美(富士急)選手にしても、
ニコニコしてますが、初めて会ったときは
練習で富士急の先輩だった橋本聖子についていけず、
泣いてばかり。彼女が言うんです、
「スケート馬鹿になりたい」って。
今、時代は、みんな馬鹿になりたくないのに。
糸井 そうかぁ。僕は神々の世界だと思ってたんです。
フィジカルな大エリートたちが、紙一重の差を
磨きあっているところだと……。
発端はコンプレックスにしても、
ものすごくポジティブですね。
増島 ポジティブですよ。清水選手は優勝した翌日に、
「金メダルって、こんなもんだったんですね」と
言ってる。どういうことかというと、
こんどはノーマル・スケートでつくった
自分の世界記録をスラップ・スケートで
破らなきゃいけないという世界性を
彼がもっているからなんです。
過ぎたことはすっぱり捨てて糧とし、
次のことを考えるという発想になってくる。
糸井 そういう人は、
奇麗な白い灰になって引退できますね。
増島 でもそれは本当に難しいことで、さっき言った
外的モチベーションや内なるコンプレックスを、
ずっと持ち続けるというのも大変な才能ですね。
大後 僕はあえて便利な環境を
追い求めないようにしてましてね。
大学から練習場までは10キロ離れてるし、寮は自炊。
夏合宿は、公民館の畳の部屋に貸布団です。
駅伝の優勝校でそういう
環境でやってるところってないです。
でも常に練習環境にコンプレックスを与えておきたい。
競技に対する考えが甘くなるからです。
そういう視点を確保しつつ、
なおかつ合理的、科学的に。
そのバランスです。
(つづく)

第4回 オタクの世界

1998-10-29-THU

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