フランコさんのイタリア通信。
アズーリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

リッピ監督が、アズーリを託した選手とは。


イタリア代表アズーリ対ドイツ代表の親善試合が、
3月1日にフィレンツェで行われました。
親善試合とは言え、
アズーリにとって大切な試合でした。
結果はアズーリが勝利しましたが、この勝利は
W杯でのアズーリの存在をふたたび注目させるものであり、
サッカーの記録に残る試合のひとつとなりました。

みなさんも、もうご存じでしょうが、
トッティが負傷で休んでいます。
でも、マルチェッロ・リッピ監督は
トッティの負傷を嘆くことなく、
アズーリのリーダーとしての信頼を
デル・ピエロにあずけました。

デル・ピエロはアズーリでこそ輝く!


4年前、2002年の日韓共催W杯で
イタリアが韓国に悲惨な負けをこうむった時も、
デル・ピエロは数少ない「救い」のひとつでした。
当時の監督トラパットーニが
デル・ピエロを引っ込めた時には、
アズーリが1対0で勝っていたのですから。
ユヴェントスのキャプテンであるデル・ピエロは、
その雪辱を果たすと決心し、
ドイツW杯での試合の数々にそなえ、
偉大な選手にしかできない精密さと一徹さをもって
準備しています。

この日の試合の対戦相手ドイツは、
2002年のW杯で準優勝しましたね。
伝統もありますし強いチームです。
ですからデル・ピエロにとってこの試合は、
他の選手たちにとってよりもさらに、
重要な試験のようなものでした。

負傷したトッティがドイツへ行くのは難しいでしょう。
イタリアは、少なくもリッピ監督は、
この対ドイツ戦で見えたように
デル・ピエロにチームを託すと決断したようです。
彼は所属するユヴェントスでは、
いつもレギュラー出場というわけではありません。
それは、カペッロ監督がトレセゲやイブライモヴィッチを
好んで出場させるからです。
しかし、デル・ピエロは、
アズーリを守るために召集される時には、
イタリア人たちが10年以上も愛しつづけている
偉大なチャンピオンにもどります。

デル・ピエロは自身が見本となってアズーリを引っ張り、
対ドイツ戦では背水の陣を敷きました。

3月1日の試合を振り返ってみましょう。


次期W杯にむけて
イタリアがとても注目している若いふたり、
ジラルディーノとデ・ロッシがゴールを印しましたが、
デル・ピエロも、ちゃんと1ゴールを決めました。
カンピオナートで誰よりも多くのゴールをしるしている
トーニも、1ゴール入れました。



この4ゴールで、イタリアは4対1でドイツを下しました。
この勝利の重要さは、点数ではなく、
アズーリが示した試合の「質の高さ」にあります。
トッティの不在という災難が、逆にアズーリ自身の
底力への信頼をとりもどすきっかけになったようです。
特に、責任を感じたデル・ピエロの底力を
信じようという結果になりました。

対ドイツ戦という試験を満点でパスしたイタリアは、
今度のW杯の「準主役」ではなく、
「主役」として活躍できると感じています。
そして、デル・ピエロが若いころに持っていた
ダッシュ力や輝きや、驚きを与える意欲などを、
きっと取りもどせるはずだと思っていた人たちの考えは、
正しかったことになります。

そう考えていた人のひとりであるリッピ監督は、
デル・ピエロをユヴェントスで
長いこと監督していましたから、
彼の高い能力を知っているだけでなく、
彼の「人となり」を良く知っています。
だからこそ、彼にチームを託そうとしているのです。

今までのどの大会でもそうであったように、
次期W杯でも優秀さがものを言うのはもちろんですが、
特に「個性」が重要なポイントになるでしょう。
つまり、それは偉大なチャンピオンたちだけが持つ
「どんな対戦相手であれ、必ず勝てる」と思わせてくれる
「人がら」が重要だということです。

訳者のひとこと
寡黙な選手の底力というのは、
私たちは荒川静香選手の金メダルで
目の当たりにしましたね。
デル・ピエロのクール・ビューティーを
W杯で見せていただきましょう。
でも、もし日本と対戦するなら、
ちょっと嫌〜な存在になってしまいますが。
翻訳/イラスト=酒井うらら

2006-03-07-TUE

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