おさるアイコン ほぼ日の怪談2008
怪・その42
野辺の送りに


重症患者の多い病棟で事務をしていたころ
とある工場の門前で行き倒れていた方が
運ばれてきて、身元もわからず
長いあいだ昏睡状態で入院なさっていました。

名前がなくてはカルテもつくれないので
便宜上、彼は
倒れていた近くの企業の名前をとって
「ニッ○ン太郎」と名づけられました。
いつもほほえんだ顔で
しずかに眠っている愛嬌のある方でした。

暴れたり徘徊したりする
難しい患者さんの多いなかで
なんとなく看護師さんたちを
ほっとさせる存在だったようで
「太郎ちゃん」と呼ばれて
ずいぶん好かれていました。

太郎さんはおそらく
二年くらい昏睡していたと記憶しています。
いつも太郎さんの担当だった
看護師・Kさんがお休みしているあいだに
苦しむことなく亡くなりました。

Kさんが休み明けにでてきたとき、
みんながつめよるように
「太郎ちゃんがね‥‥」と話しかけると
「知ってるよ、亡くなったでしょう」
と言うのです。

Kさんは親戚の葬儀にでるための
休暇だったそうで
焼き場で最後のお見送りをしているときに
ふと隣の焼却炉で、
家族もなく係員だけが
お骨を拾っているのに気づいたそうです。

誰も見送るひとがいないなんて
奇妙だと思って近づくと
それがニッ○ン太郎さんの
お骨だったのだそうです。

その時期はちょうど火葬場が混んでいて
太郎さんのご遺体は
身元がわからないがゆえに、
たらい回しにされ
Kさんの実家のある
よその県に運ばれたようです。

「あたしゾ〜ッとしちゃったわよ」
と言いながらKさんは涙ぐんでいました。

「一人じゃ寂しいから、
 Kさんに見送ってほしかったんだね」
「かわいいおじいちゃんだったよね」と
看護師さんたちがみんな
輪になって泣いていたのが忘れられません。

(M)
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2008-09-01-MON