おさるアイコン ほぼ日の怪談2006

怪・その30
「暗い廊下に」

これはもう10年ぐらい前の出来事です。
その頃私は、引っ越しをよくしておりました。

何回目かの引っ越し先でのことです。
高台の中腹、
階下がイタリアンレストランになっている、
普通のマンションの3階でした。
そのマンションを初めて内覧した時から、
そこはなんか「変」な気がしていました。

とにかく始めにその部屋に入ったときに
「臭かった」のです。
なんか、水の腐ったような下水のような…。
「何でこんな臭いがするんだろう?」
と首をひねっていると、
一緒に居た不動産屋さんが、
「もうだいぶんここ、人が住んでいないから」と、
なんだかそれが当たり前の様な事を
言ってはいたのです。

とにかく入居して、数ヶ月経ったある日のこと。
私が昼寝をしていた時のことです。

ソファーに突っ伏して、
丁度リビングをはさんで、
向こう側の廊下が見えるような体勢で
寝ていたのですが、
その廊下の方で何か物音がするのに気づき、
目を覚ましました。

目覚めてすぐに視界に入ってきたのは、
その薄暗い廊下に何かが居る、と言うことでした。
光源の無い板張りの廊下は、
歩くといつも「ミシミシ」と音が鳴ります。

その「ミシミシ」と言う音と一緒に、
「ザザッ、ザザッ」と
衣擦れのような音が聞こえます。
最初は咄嗟に「泥棒?」とすぐに考えました。
確かに何かが居るのです。

「なっ、なんだ‥‥?」と、
眠い目を擦ってよーくその物体を見ると、
間違いない、それは「人」でした。

その「人」は、四つんばいの姿勢で、
こちらの方にお尻から、
ズルズル、ミシミシとやって来るではありませんか。

「どうしよう」と、考えました。
「泥棒に間違いない」と確信していたからです。
「やっべぇよお、お巡り呼べねぇかな‥‥」と、
漠然と考えていたその時。 
そいつはゆっくりと、立ち上がり始めたのです。

「ヨッコラショ」という感じで立ち上がるのですが、
うしろ向きのままです。
何かグレーの、作業服のようなものを着ていました。
歳は50歳前後。
そこまでわかるような体形をしておりました。

そして立ち上がりきった瞬間、
その男は首をひねってこちらを見た。

そして見たと同時に音もなく、
スーっと言う風にして消えてしまいました。
顔は覚えていません。
なぜなら廊下が暗かったせいなのか、
それとも顔がなかったのかも知れませんが‥‥。

その後よく調べたら、その部屋は、
もう最低でも2年ぐらいは
入居者が居なかったことがわかりました。
「臭かった」のはそのせいなのかどうなのか、
越してしまった今では、もう分かりませんが。

(ながせがく)


「ほぼ日の怪談」にもどる もう、やめておく 次の話も読んでみる
2006-08-25-FRI