谷川俊太郎の『家族の肖像』。

『家族の肖像』鼎談 第6回
1対1で、弱ったな。



賢作
朗読を、3回にも分けて録ったのも、
これがはじめてかもしれない。
なんとなくそこで気持ちが
すり寄ったところもあるよね。
父は、すごいスタジオが嫌いなんです。

糸井
そりゃあ、好きになれないでしょう。

賢作
一度、人を入れて録音したこともあるけど、
スタジオに人がいるっていうのも、
なんか変なんだよね。

俊太郎
ほとんど意味なかったね。

糸井
スタジオに入った人のほうが、
何をしていいかわかんないから、
たぶん辛いんですよね。
僕、ストリップ劇場で
1対1になったことがあって。

俊太郎
えぇーっ! それはおもしろいね。

糸井
これは、今でも思い出しますね。
ひとりで温泉に行くのって、なんだかいいかも、
なんて、ちょっとバカなことを思って、
温泉地にひとりで行ったんです。

俊太郎
うん。

糸井
ひとりで温泉街をブラブラ行くと、
ストリップ劇場があった。
前で男の人がお水とかまいてるんですよ。
「やってんですか?」っていったら、
「アイッ!」って、
急に電気をつけるんです。

賢作
すっごいとこですね(笑)。

糸井
訊いちゃった手前、
入んないわけにはいかなくなった。
もちろん入りたいから訊いたんだけど、
ひとりで、電気つけるとこに入ってくつもりは、
なかったですよ(笑)。
弱ったな〜、と思いながらも、入りました。
自分でもおかしいんですけれども、
ちょっと引いた席に座るんですよ(笑)、
誰もいないのに。
そしたら、中の電気がついて消えて、
ライティングが始まって、
おねぇさんがひとり、出て来たんですけど
「ひとりだったら、もっとこっち来れば?」って。

俊太郎
ははははははははは。

糸井
弱ったなあ(笑)。
きっと向こうも弱ってるんだと思うんですけど、
向こうは、演じるというそぶりについては、
訓練してますから、
踊ったりしてればいいんです。
困るのは、客ですよ。

そのときに、けっこう真面目なことを
ひとつだけ思ったんです。
やっぱり演劇空間というのは、
観客と一緒に作るんだと。

賢作
ふはははは。

糸井
観客も、大事な構成要素なんですよね。
ま、長いたとえになりましたが、
レコーディングのスタジオに
連れてこられた人々は、
そのときの僕の気持ちみたいになってた
かもしれないですね。
谷川さんがあまりにも
赤裸々に見えると思うんですよ。
そこに日常の匂いを連れてきたままで
座ってるのは辛いですよね。

俊太郎
で、‥‥最後、どうなりました?

糸井
あ、ストリップですか?
「何か飲む?」って言われました。

俊太郎
へぇー。そのおねぇちゃんに?

糸井
ええ。「おごるから」って、
その人、コーラを2本持ってきてね。
ふたりで、ただ、飲んで(笑)。
「いまここは、あたししかいないから」って、
それから3回、出て来ましたからね。

俊太郎
はははは!


糸井

どうなるんだろうと思って、3回観ました。
それで、
「あたししかいないから、
 このままいてもいいし、
 もし他の子を待ってるんだったら、
 1時間ぐらいすると帰ってくる子もいるよ、
 どうする?」
って言われて、
じゃあ、これで帰ります、って、
帰ってきたんですけどね。

俊太郎
う〜ん。

糸井
僕は、わりと、
おごられることのすごい多い人間なんです。
そのときもコーラをおごられましたし(笑)。

俊太郎
へぇ‥‥。
すごくそれ、いい話だね。

糸井
結果的にはいい思い出です。
蛍光灯がつくときに、チンッて音が
しますよね?

俊太郎
うん。

糸井
あの音を聴いてからストリップ劇場に入るのって、
すごい体験でした(笑)。
その音のことを、いちばん憶えてます。
チンチン、チンチンッみたいな。

賢作
そうか‥‥。
そんなかんじで、困っちゃう人もいるんだな。

糸井
そうなんですよ。たぶん。
イヤホンで聴きながら、困ってる人もいる。

俊太郎
ほっほっほ。

糸井
力のあるものって、人を困らせて、
どこかに連れていく
んだよね。
谷川さん、困らせないフリをしながら、
困らせるからね。

(つづきます!)  

2004-07-30-FRI

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