質問:
保坂さんは、
事実の連鎖を小説に書きたいのですか。
ぼくが小説で書きたいのはそういう、
御巣鷹山の話をした時に
「自分がいろんなことを
 言葉で出したりする以前の何か」が
出てきたり
出てきていなかったりするような
「意味づけ」以前の状態を
再現したいということなんです。
ひとつずつの動作を
「意味づけ」するのは心理学のすることで、
その「意味づけ」は、
現実の豊かさの一面を取るだけだから
ほんとに狭い言葉を使うわけだし、
行動や言葉尻を捉えて、
どこかにある心理学的な正解と
照らしあわせて「それは嫌悪感です」とか
意味にしているだけだから
賢くはないんだとぼくは思うんです。
意味づけをやることはたやすいんです。
でも、ほんとはその人がどんな行動をして
どんな発言をしたかを
まるまるすべて覚えておくことの方が
たいへんなわけで。
ただもちろん心理学者ならではの
独特の観察の技術はあるわけだから、
心理学の門外漢が
見ているだけでは気づかない
「頻繁に足を組みかえていた」
「腕組みをよくしていた」
「髪の毛を触っていた」
というようなことを細かく見ているわけで、
心理学というひとつのフィルターを通して
現実を虚構化する方法は持っているんです。
つまり心理学者は
ぼんやり見てる人よりは
よく見えるわけだけど、
それ以上には見えないんだよね。
だから小説というのは、
心理学なら心理学のフィルターとか、
動物行動学なら
動物行動学のフィルターとか、そういう
「なんとか学」のフィルターなしの状態で
現実を見ようとするから、
いちばん茫洋としたものになるんでしょうね。

だから、
小説は、わからない人には
わかりにくいものにもなるわけです。
現実の出来事をかならず誰かに
コメントしてもらわなければわからない人には、
小説もわからないということですよね。

 

月曜日に続きます。

 
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2005-07-22

Photo : Yasuo Yamaguchi All rights reserved by Hobo Nikkan Itoi Shinbun 2005