質問:
「ここまではわかったぞ」で
わかった気にならずに
「ここからはわからない」という方向に
目を向ける考え方について、
更に話していただけますか。
「他人ってわからないものなんだ。
 自分とはぜんぜん
 違うことを考えているんだ」
ということが
身にしみてよくわかるのは、
一般企業に何年も勤めた後、
だったりしますよね。

学生時代はつきあう相手と
つきあわない相手を自分で選べるけど、
企業に入ったらイヤなヤツの隣で
九時から五時までとか、
残業したら夜の九時までとか、
ずっと隣にいるわけで……
それはすごいことなんです。
編集出身の作家はたくさんいますけど、
いくらアタマの悪い人が集まっていても
編集は一応は知的職業なので、
一般企業とは
「何も考えていないヤツの考えてなさ」
の限度がぜんぜんちがうんですね。
一般企業に何年も勤めた人は
小説家にはほんとにいないんだけど、
たまたま、
柴崎友香という人がそうなんです。

彼女はちゃんと小説で
空間を書いている人ですけど、
最新刊の『フルタイムライフ』は
新入社員の五月から翌年二月までの
時間の経過が書いてあるんです。
『フルタイムライフ』の最初には
ほんとに新入社員だから
会社の人のことがわからないし、
どう働いていいかもわからないし、
美大出身の女の子が主人公だから
自分が働きたいかどうかも
まだわからないし、
読む側も登場人物の区別がついていなくて、
「この人とこの人ってどっちだったっけ?」
と思うんだけど……
小説が十月か十一月になったら、
因果関係による説明がぜんぜんないまま、
読むほうも急に、
まわりがわかるようになるんです。
書く側はそれを
狙ってやってはいないんだけど、見事に
「入社後の時間の流れ」になってるんですよね。
小説を書いたり読んだりすることも
ひとつの「作業」だから、
話がきちんきちんと進んだり、
人の因果関係を厳密に詰められたりすると、
模型を組み立てるような
うれしさがあるんですね。だけどほんとは
その「作業のうれしさ」がいけないし、
小説を書く時の落とし穴になるんです。

「空間」を書くのは難しくて
ほんとにいつまでも書けないんです。
だけど「点」なら書くことができるから
書きたくなってしまうんです。
でも「点」ばかりの
きっちりした因果関係をむしろ
「これじゃおかしいから書きなおそう」
と思えることが大事なんです。

 

明日に続きます。

 
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2005-07-14

Photo : Yasuo Yamaguchi All rights reserved by Hobo Nikkan Itoi Shinbun 2005