YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson889  一番伝えたい1つ


書く仕事をしていると、

「ここで一番伝えたいものは何か」

「これを伝えなきゃ、この原稿を書いた意味がない
という1つは何か」

と自分に厳しく問う。
1つがはっきりしたら他の余計なものをバッサリ削る。
これを常にやって習慣になると、
人生でも、大事な1つと他の一切の余計が
的確に選択できるようになる。


久々に懐かしい人が集まるというと、

会いたくて、楽しみでたまらない自分がいる。
お盆にしろ、正月にしろ、それ以外でも。

でも、妙に緊張してる自分もいる。
なんかよくわからないけどコワがってる。

それで、いままで考えたこともなかったけれど、

「久々に友だちどうし集まるとき、
自分が一番大事にしたい1つは何か?」

と問うてみた。

正解はないし、
人によっていろんな正解があっていい。
自分の答えも時期によって変わる。

こんな問いが愚かに見えるほど、
好きな友達たちと、しょっちゅうつるんで、
この無意識の楽しさこそが正解だ、
という時期もある。

しかして、いまの自分の答えは、

「久々に懐かしい人が集まるのは、
自己顕示大会じゃなく、温かな気持ちの交換なのだから、
持ってく物は、人よりいい服じゃないし、
誇れる実績や手柄でもないし、
自分が誰より幸せだと示す印籠でもない。
そこにいる人々への愛情。
地道でも不器用でも、その人々が好きで、
根に愛がある人が、私は好き。」

と、意外にあっさり出た。
つまりは、

「友情1つ持っていって、楽しめ。」

みたいなことだった。

1つがはっきりすると視野が狭まるのでは、
という人もいる。
それ以外の価値観の人がいたら合わせられるのか、と。

でも、私は逆で、
自分にとっての大事な1つがわかっているほうが、
寛容になれるし、「ひらいて」いられる。

「自分はここさえ見失わなければOK!
だからあとはみんなどうでも好きにして、どんと来い!」

という感じだ。自分の大事な1つがわかっているほうが、
友だちの成功話が素直に聞けるし、
競い合う人がいても、人間的でいいなと思える。

大事な1つがわかってないと、私は迷走する。

別に誰も比べてないのに、一人勝手に劣等感感じて、
負けたくなくて、つい自慢話して、引かれたり。
そんな自分に自分でドン引きしたり。

つい、その場の人に役立ちたくて、
仕入れたばかりのウケウリの知識を披露してしまって、
だれも、そんな豆知識求めてなかったり。

自分自身が、

「ああ、いい時間を過ごせたな」

と思う友人は誰か、
また会いたい、と思う友人は誰か、と考えると、

決して成功をしてるかしてないかではないし、
高尚で先端の知識があるかないかでもない。
仕事の情報交換会ではない、知識や学びは他で得られる。

友だちは、そうした一切のかけ値なく
純粋な「好き」でつながっている存在。

あとでほんのり、友情が伝わってくる人。

愛はやっぱりあとからじんわり伝わってくる。
自分も、めったに会えない一緒に時間を過ごした人に、
そういう温かなものを残せたらと思う。
あとで相手が想い出して、支えとなるような。

これからも自分は、
場の雰囲気にのまれたりするだろうし、
競争心にあおられて、見栄をはったり、
有用であろうとして知ったかぶりをしたり、
迷走し、失敗するだろう。でも、

「ここで一番伝えたいものは何か」

その1つは見失わず伝えていきたい。

そこだけは見失わないカタチの失敗で、
失敗の多い人生、私らしく歩いていきたい。

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2018-08-29-WED

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