YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson885
      文章と相思相愛



あなたが文章を大事にすれば、
文章は必ず応えてくれる。

人の文章を深く正しく読めば、
読むことを大事にする読む力のある人が集まってくる。

書く文章を一回一回大切にすれば、
想いはコツコツ伝わり、
想いに添った人生へ導いてくれる。

ときに言葉が誤解され傷ついても、

読む力・書く力のある人が、
必ず支えてくれる。

「それはきれいごとだ」

という人もいるかもしれない。

「まわりは言葉尻だけとらえて攻撃する人、
事実を確かめようともしない人だらけだ」と。

でも、信じていい。

1人はいる。

文章を深く正しく読んでわかっている人が、必ずいる。

1人いればいい。
多数決じゃない。

本当のことを言ってる文章に、嘘は勝てない。

1つの正直が、嘘の多勢を「ドミノ倒す」のだ。

黒を白に、次々と、輪が広がるように、
やがて一面まっ白に。

「正直」が強い。

文章を大事にするとは、

正直であること。
そして、一回一回だ。

文章への愛はためておけない。

「これまでさんざん文章に捧げてきたんだ。
だからこれは、ナメてかかって読んでいいよな」

ということがない。
慢心すれば偉大なジャーナリストも誤読する。

だから褒められても、奢らず、慢心せず、
つぎの文章に向かうとき、すべて忘れて、

「この一回」

に捧げる。それを続ければ、文章は必ず応えてくれる。

いまの「自分の限界」として行き詰まって、
八方ふさがりで、苦しくて、どうにもならないときも、

文章は、自分の枠組みの「外」にある有用な情報に
引き合わせてくれる。

文章は、自分のバイアスをかけず、イメージをかぶせず、
原則に忠実に、ルールを尊重して読んでいけば、
自分の枠組みの「外」=筆者のもとへ行ける。

100年前に亡くなった作家の想いの底にも行けるし、
いまをときめく天才の頭の中にだって行ける。

もしも自分の好き勝手に文章を読み続けたら、
果てにあるのは、感動しても、開眼しても、「自己投影」。

自分しかいない。

だから、常に文章の読みを大事にしている人は、
常にフレッシュに外の世界と行き交っている。

そして、書くことを大事にすれば、
文章は、あなたの想いをのせて、外へ運んでいく。
自分に羽根はないのに、なぜか文章には翼がある。
いまの時代、世界へもひとっ飛び、
未来の協力者にも、友だちにも、引き逢わせてくれる。

「外へ、外へ!」

文章は、あなたを連れ出し、あなたを広げる。

ネットのなかに星の数ほどあるなかで、
地道に文章表現のことをずっーとやってる、
「このコラム」を見つけてくれたこと自体、すでに、

あなたが文章を大事にしてきた証拠。

だから、日々、目に入る、耳に飛び込む文章は
あなたの中で正しく深く響き、ヒントになり、栄養となる。

嫌なものが入ってきても、それは多様性の1つとなり、
あなたの世界の広がりをさまたげない。

辛いときも、ふるいたたせてくれる文章を、
あなたはきっと見つける。

文章表現を愛し、文章表現から愛されている。

相思相愛。

表現したいものも、愛も、あふれている。

あなたが素敵だから、、
あなたはあなたにふさわしい素敵な文章をきょうも書く。

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2018-07-25-WED

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