YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson820
 就職と就社と



社会に出ていくとき、大半の人が、
次のどちらかを選んでいる。

「就職」か、「就社」か。

もちろん、この2つ以外の選択もある。

2つはどちらも良いもので、
どっちを選ぶかはまったく本人の自由。

私自身、就社を16年間、その後、
独立して就職と、どちらも経験してみて、

本当にどちらも良くて悔いはない。

ただ、私は大学を出るとき、
就職と就社の違いがあることにすら無知だったので、
もうちょっと知っててもよかったんじゃないかと思う。

あの就活をはじめるときの自分に、
もし伝えられるなら、と、

あくまで私の考える、
「就職」と「就社」の違いを整理してみたい。

「就職」とは、

美容師、作家、医師、弁護士、看護師など、
腕に職、脳に職、をつけ、

「職」を絆に社会に入っていく。

もちろん組織に所属することもあるが
(例えば弁護士が大手弁護士事務所に所属するなど)、
組織に属しても、ひとりで開業しても、
組織を変わっても、

「職」はずっと変わらない。

一方「就社」とは、

トヨタに入る、資生堂の社員になる、というように、
会社という船の乗組員になる。

つまり「組織」を絆に社会に入っていく。

だから就活のとき、船の行先、
つまり会社の志に共感できるかどうかはとても大事だ。

チームで立てた目標を、
チームで協力・分担して達成していく
それが会社だ。

会社の中で、どの持ち場につくかは、
自分で決めることはできず、
上の人が決めることが多い。

転勤・異動・昇進など、持ち場が変わることも多い。

持ち場が変われば、「職も変わる」ことがある。

職が変わることは、
視野が広がることであったり、出世であったりもする。

営業だった人が、企画になったり、
現場にいた人が、管理職になったりすることもある。
でも、職がガラリと変わったとしても、

その船の乗組員であることはずっと変わらない。

こう見ていくと、例えば、

出版社に「就社」した人が、
「編集職」を希望し、
編集部員から編集部長になり、
定年まで編集職でありつづけたなら、

「就職的な就社」と言える。

また、美容師として、
支店や従業員を多く持つ大きな美容院に所属した人が、
長く勤めるうちに完全に現場を離れ、
経営陣にまわったとすれば、

「就社的な就職」と言える。

そんなふうに、
就職と就社の両面がある人、
両方のいいとこどりをしていく道や、
就社して年月を経てから
就職へと転身していく道もあるので、

就職か、就社か、の選択で人生まっぷたつ、
とは言えない。
それでも、

「職」を立脚点にするか? 「組織」を立脚点にするか?

まず、社会に入るときに違いがある。

弁護士を目指す人が、
司法試験に受からなければ、社会にデビューできない、

作家を目指す人が、
一定以上の読者や編集者が認めるものを
書けるようになるまでは、
職業作家としてデビューできたとは言えない、など、

就職するには、社会に入るまでに、
ある程度、腕と脳に職をつけておくことが求められる。

国家試験に受からなければならなかったり、
厳しい修練が要ったりする。

一方、いちがいには言えないものの、

国家試験に受かったりしなくても、
専門技術の修練を積んでいなくても、
「就社」はできるケースが、多々ある。

私もその一人だった。

大学を卒業する時点で、
編集の「へ」の字も知らなかったけれども、
会社に入ってから研修を受けたり、
先輩に育ててもらったり、
給料をいただきつつ、いちから、
持ち場に必要な知識や技術を身につけさせてもらった。

また、求められるコミュニケーション力が、
就職と就社では違うように思う。

「就職」では、

例えば、医師が世の中の多様な患者の治療にあたる、
美容師が、社会の多様な人々の髪を切る、など、

職を通じて直接、社会の人々に働きかけるので、

自分の外の世界に通用するコミュニケーション力
を鍛えておくことは肝になる。

「就社」の場合も、

もちろん外・他者・社会に通じるコミュニケーション力
が求められるのはあたりまえだが、

その前段階に、「社内へのコミュニケーション力」が
不可欠だ。

会社は「分業」で成り立っている。

タテにヨコに持ち場を分け、
それぞれ専門特化して、協力して
事にあたるから、
1人が何もかもやるより、ずっと効率がいい。

そのかわりに、
1つの持ち場(=部分)に長くいると
他の持ち場のことが見えにくくなる。

ヘタをすると、互いに
異なる持ち場への、視野や知識がごっそり欠けて、
話しが通じなくなる。

そこで、社内のタテにヨコに、
話を通じさせ、意思疎通を図る
コミュニケーション力が必要不可欠なのだ。

いま振り返ってみて、

私が、「就職」でいちばんいいと思うことは、

直接、人や社会に働きかけ、
成果を実感していけること、
それを積み重ねて、職を極めていけることだ。

「就社」でいちばんいいと思うのは、

大勢で協力することによって、
個人の力をはるかに超えた規模で
人や社会に働きかけられることだ。

あなたは、社会に入るときに、

「職」を立脚点にするか? 「組織」を立脚点にするか?

やはりどちらも面白く、
わくわくする。

自分の自由な意志で選んでほしい、と私は思う。

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2017-03-22-WED

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