YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson765 未来へ逃げる


らしくないことを言おうとした。

去年の春ごろ、

定年退職を1年早めて、
やりたかったことをやる
という人に、

私は、

「いったん組織を離れたら、
 なかなか社会に入っていけないよ。
 1年分の年収の差は大きい。
 老後の資金に備える意味でも、
 定年まで勤めつつ、
 やりたいことの準備を進めたら」

と言おうとして、
自分にツッコんだ。

「私自身、38歳のとき、
 次のあてなどまったくなく会社を辞めたではないか!」

あのとき、自分の無防備な生き方を、
母が応援してくれて嬉しかったじゃないか、と。

「なぜ自分は、らしからぬ保守的な忠言を、
 しようとしたのか?」

秋になって、

大学の表現の授業が始まった。

学生たちの人生を懸けた表現に
揺さぶられ、突き動かされ、
変えられた自分がいた。

今年の学生、2コマあわせて140人の、
主題も個性も伝え方もそれぞれだけど、
その根底に強く共通して見られたのは、

「いまを生きる」

という人生観だ。

「今日一日を精一杯生きる」
もっといえば、「いまこの瞬間を大事に生きる」。

そんなのあたりまえだろ、という人もいるだろう。
人生経験が短い分、あとさき考えられず無防備に生きる、
若者とはもともとそういうもんだ、と。

でもそうではない。

もともとそういうものなら、学生たちは、
文章に書いたり、工夫したりして、
わざわざ「いまを生きよ」と伝える必要がない。
自分に言い聞かせる必要もない。

学生たちは、逆境を乗り越えてやっと出逢っているのだ、
「いまを生きる」という考えに。

裏返すと、
先行き不安と煽られる世の中で生まれ、
「将来のために今を犠牲にせよ」
という考えに、若者もプレッシャーを受けているのだ。

私もプレッシャーだった。

早期退職してやりたいことをやるという人に、
保守的な忠言をしようとしたときの私は、
当時、連日マスコミで報じられていた、

「下流老人」

という言葉に怯えていた。
「老後に充分備えておかなきゃ、転落するぞ、
 孤立するぞ、老人破産だぞ」と、
煽られて、縮こまっていた。

「計画的」という言葉は魔物だ。

老後に困らないよう、今から計画的にやってます、
と言えば、まわりはエライと言ってくれる。
自分も正しいと思えてくる。

でもそれって自覚なく。

「未来に逃げる」に陥りやすい。

生徒さんの言葉で、

「いまに向き合えない人間が、
 充実した未来を向かえるとは思えない。」

というのが刺さった。
人は、いまに向き合えないまま、
過去に逃げてはいけないが、
未来に逃げてもいけないのだと思う。

私たちの老後の日本は厳しいから、
お金を貯めておかなきゃいけないから、
今あれをしない、これをがまんする、
と言えばキレイに聞こえるけれど、

それって、
いま、自分を信じて、
自分のやりたいことのために
お金を払う勇気がないだけじゃない?

いや、それ以前に、
そもそも、いま自分は何をしたいのかに、
向き合うことから逃げてるんじゃない。

「未来は本当にだれにもわからない。」

将来のためにと、
行きたいところにも行かず、会いたい人にも会わず、
やりたいことも先延ばしにして、
お金を貯めたとして、

未来に、
「ほんとうにその金があってよかった」
としみじみおもうかもしれない。

意外にはやく寿命が来てしまって、
ためたお金を全然使えず死ぬかもしれない。

未来はラクではないけど何とか食ってはいけて、
生活の苦しさよりも、何で動けるうちに、
あれをしなかったのか、あの人に会っておかなかったのか、
もっと経験をひろげておけばと後悔するかもしれない。

どれになるのかは、ほんとうにわからない。

学生のなかには、
大病を患い自分自身が死と隣り合わせた人も、
親や身近な人の死をのり越えた人もいる。

友人の自殺をテーマにした学生は、
さいしょは、チカラになれないで
ごめんなさいと言おうとして、
違和感があり、ほんとうに言いたいことは
それでないと気づく。

短くても一緒に生きられた数年間が本当に幸せだったと、
不謹慎かもしれないけれど、
ともに生きられた時間をありがとう、という主題に変えた。

人と人とが幸福であるというのは、
長く生きたか、何年生きたか、ではなく、
一瞬一瞬にどう向きあうかなのだと、
この学生に教えられた。

20年前後の人生の中で、深い孤独を経験した学生もいる。

親の離婚や仕事で、平穏な日常を突如とりあげられて
しまう人もいる。

はやくに知らない土地、知らない人々のなかで
一人暮らしをしなければなかった人もいる。

留年や浪人という形で、
同級生たちに先に進まれ、
後輩だった人のなかで同級生として
生きなければならなかった人もいる。

それぞれの逆境でもがき、
見つけた出口は、
「いつか大きくなって見返してやろう」ではなかった。

「いまを大切にする。」

顔をあげて、自分の置かれている現実や、
かかわる人々を見て、

今日一日を、一瞬一瞬を大切にする、

そのことで、まわりの情報もはいってきて、
自分の想いにも気づき、
思わぬ良い結果が得られ、
身近な幸せを発見し、

その積み重ねの結果として、
逆境を乗り越えられている。

将来のために今を犠牲にする、
ような選択を、自分自身がするとき、

それって、案外何にもしなくてよくって
お金も使わないでラクだよね、

「未来に逃げてるんじゃない?」

と自分に問いたい。
そして、

「いま自分は本当はどうしたいのか?」

そこに真剣に向き合おうと私は思う。


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2016-01-27-WED
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