YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson724 書きたいものを書くまで

人は、「これだ!」というものを体内に宿して、
でもそれに気づけないまま、
他に何かしようと思っても、
元気が出ない生き物なんじゃないかと思う。

女子学生が、授業でこんなスピーチをしてくれた。

演劇の舞台美術を引き受けて、
創りはじめたものの、想像以上にツラい作業が続く。
大学の授業も犠牲にして作業しなければならない。
しかも、寒空の下、えんえんと外での作業。
トンカチを持つ手は凍り、感覚さえもなくなっていく。

そんな毎日でほとほと追いつめられていたとき、
発注していた壁紙が届いた。

その壁紙はイメージピッタリ!

彼女の感覚にしみいるほどに素敵な
気に入るものだった。

その瞬間、それまでの疲れも辛さも吹き飛び、
心の底からやる気がわきあがり、
集中して舞台美術を仕上げることができた。

この学生の話は、
ものを書く私に照らしてみて
たいへん腑に落ちる話だった。

私も先日、原稿を書いて、
カラダが妙な疲れ方をした。

書いても書いてもいっこうに進まず、
書けば書くほどカラダが重くだるくなる。

たった1ページを書き進むのに
いつもの数ページ分の体力がいり、
それでも書いて書いて、疲れて疲れて、
とうとう眠ってしまった。

短い眠りから起きた瞬間に、
「一文」が頭にはっきり浮かんだ。

たった一文だけど、
その文章を方向を変える、意味ある一文だった。

その一文を書き入れたら、
こんどはカラダは疲れを知らず、
その前の倦怠感がうそのように
集中して原稿を書き上げることができた。

編集者さんからも感動したという反応を得た。

あの一文に気づくか、気づかないか?

それは文章にとってものすごく大きなことだった。
あの一文を見過ごしたまま、
とにかく仕上げることだけを目的に
文章を書きあげていたとしたら、
自分としても、いまいち言い足りない、つまらないものに
なってしまっていたと思う。

後から考えると、あの妙なカラダの疲れは、
カラダが私に、こう教えてくれていたのかもしれない。

「その方向じゃない!
 その方向で書き上げてしまったらいけない!
 大事な一文を忘れているぞ。
 それに気づけ!
 それに気づくまで、書き上げさせないよう、
 カラダとして全力で阻止するからな。」

舞台美術をやっている女子学生も、
最初は厳しいスケジュールや環境の中で
しあげることが目的化してしまい、
つらくてしかたがなかったものが、

素晴らしい壁紙にインスパイアされて、

無自覚のうちに抱いていた、
創りあげたいものが、一気に体の中から
引き出され、可視化されたんだと思う。

自分の創りたいものに向かっているからこそ、
こんどは辛い作業も苦にならず、
やり遂げられたのだと思う。

想いはあっても気づかない、取り出せない

ということがよくある。
私も、新しい媒体や編集者さんに対して
ものを書くときとくによく起こる。

そんなときは、表現してつかんでいく。

あんな疲れがなく、すいすい
書き進んだらよかったのにとは思わない。

ああして、カラダが引き止めるほど、
方向性の違うものでも、一度言葉にして、書いて、
第一読者である自分として読んでみたからこそ、
これではない、はい、この方向性は消えたと、
では、この方向ではどうか、これでもない、
を繰り返して、
最終的に想いのありかにたどりつけたのだ。

書きたいものに無自覚で元気がでないときも、
間違った方向で書いて倦怠感にさいなまれるときも、

それでも、書いて、出して、表現して
「これだ!」という書きたいものを見つけていきたい。

最後に前回のコラムに寄せられた
読者メールを紹介して今日は終わろう。


<書きたいものを書く>

2週間なかなかかけずに悶々としていました。

自分の所属する団体のブログに出す記事です。

私は毎年2月になるとその団体で請け負っている仕事の
繁忙期になります。

私がその仕事をなぜそんなに一所懸命にやっているのか?

なぜかそのことについて書きたくなったのです。
その仕事は私にとって特別な思いがあり、

「自分の思いばかりが前面に出てしまうではないか?」
「自分のやっている仕事の宣伝と
 受け取られてしまうのではないか?」

書く決心がつきませんでした。
でも書きたい。
よし、書こう。
でも、なかなか筆が進まないのです。

その時に助けてくれたのが、
そのブログの校正を担当している編集の人でした。

私は思い切ってその人に、
自分の気持ちを打ち明けました。

その方から帰ってきた返事に、心打たれました。

「書く目的があるのですから、
 けっして宣伝にはなりませんよ」と。

そして書く勇気をもらいました。

最後にHPにアップする段階で、
私が本当は載せたかったけれど、
遠慮してカットした部分を、
編集者さんは、

「すいぶんバッサリ切っちゃったけど、
 そこは載せてもいいんじゃないかな?」と

拾い上げてくれました。

あ〜〜編集者ってすごいな〜〜

一人ではなかなか書けなかったけど、
書きたいという思いを素直に彼女に言えてよかった!

伝えたいことを書けるって本当に嬉しい、
そんな体験でした。

彼女の最初の一言がなければ、
私はなかなか書き出す勇気も持てなかったし、
最後の一言がなければ、
やっぱり本当に書きかかったことを
全部書くことは出来なかったと思います。

そうやって、書きたいことを書く快感を積み重ねながら、
書く勇気を育てていけたらな〜〜と思います。
(潔子)

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2015-03-11-WED
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