YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson634
   意地になってはいけないところ


「ここで勝たなくていい。」

というところで、
無用な戦いをしてしまっていること、
日常で、けっこうあるんじゃないだろうか?

よくよく考えると、
そこは、自分が勝つ必要のないところだったり、
相手の立場になって考えると、
そこに敵はいなかったり。

「勝負どころ」を間違えると、

自分もまわりも傷つけて、
出口のない消耗戦におちいってしまう。

きょうは、フリーランスが部屋を借りる話が出てくるが、
フリーの話でも、不動産の話でもない、

「意地になってはいけないところ」の話だ。

新緑の季節に向けて、私は、
有栖川公園の近くにひっこすことにした。
園内に素晴らしい図書館があり、
「書く環境」を整えるためだ。

賃貸の部屋を借りるにあたって、
とまどったのは、「保証会社」の存在だ。

8年ぶりに引っ越す私は、
東京の賃貸事情が変わっていたのを知らなかった。

会社員に比べ、
フリーランスは部屋を借りにくいとは知っていた。
だが、これまで私は、
家族に保証人になってもらい、
難なく契約してきたし、不安はなかった。

ところが、今回はじめて、

「保証人は要らない、
 保証人を立てようとしても受け付けない」と言われた。

そのかわり「保証会社」を使ってくれと。

無縁社会といわれる世相、
保証人を立てたくても立てられない人にとっては、
家族がいなかったり、
高齢で家族がすでに亡くなっていたりする人にとっては、

「保証人をうけ負ってくれる会社」が出てきたのは便利だ。

お金を払えば、家族に代わって、保証人になってくれる。
もしかのときは家賃を立て替えてもくれる。

大家さんだって、いちいち自分で、
部屋を借りる人の信用度を見極めたり、
家賃を催促したりするのはやっかいだ。

そのすべてを保証会社に金で外注し、
入居審査から、家賃滞納の取り立てまで、
業者にやってもらったほうがラクだ。

そんなふうに部屋を貸すほうも、借りるほうも、
なにか肝心な部分を、金で外注してした結果、
困ったことが起きた。

入居審査に通る・通らないが全く不透明なのだ。

落ちるか通るかは、保証会社だけが決められるし、
知っている。

なんで落ちたのか、
当人はもちろん教えてもらえないし、
たとえ大家さんでも、仲介してくれた不動産でも、
決して落ちた理由はあかされない。

理由がわからないから対策も立てられない。

はたからみると、
なんで落ちたのかわからない人、
たとえば、年収1000万以上もある弁護士さんが落ちたり、
逆に、とくに働いていなくても通ったり、がざらだそうだ。

ただ一つ明確なのは、会社員・公務員は強いということ。

私のようなフリーランスは、
審査結果がまったく読めないし、
一度落ちてしまうと、その履歴が保証会社に残ってしまい、
あとあと部屋を借りづらいとのことだった。

その日から、まるで水準不明のコンテストに出るような、
ブラックボックスの入居審査に向かって、

私の消耗戦が始まった。

ひとつ書類を書き上げて提出したと思ったら、
不動産会社さんから、
しばらくして暗い声で電話がかかってくる。

「あのー、山田さん、確定申告の書類は出せますか?」

提出したと思ったら、

「あのー、山田さん、誠に申し訳ないのですが、
 預金通帳の残高のコピーを提出してもらえますか?」

「納税の証明書を出してもらえますか?」

と次々要請があって、
そのたびに、私はどんどん存在が揺らぎ、
足元から不安にすくわれるような感じがした。
しまいには、

「あのー、山田さん、
 ご家族に代わって借主になってもらうことは
 できますか?」

これにはほんとに、とことん脱力した。
下宿を親の名義で借りてもらう学生か?!

自分は会社員だったときもがんばっていたが、
フリーランスになってからは
それ以上に仕事をがんばっている。
部屋を借りる分は稼いでいるし、
税金だって納めている。
社会的な信頼だって、コツコツと築いてきた。

東京に来てから一度の滞納もなく家賃を払い、
住民トラブルもなく、きわめて良き賃借人だったのに、

なんでここまで、ひつこく疑われなければならないのか?

あまりに落ち込んだので、
電話で姉に一時間くらい愚痴を言ってしまった。

「フリーランスを認めない今の社会が‥‥、世の中が‥‥」

とひとしきり社会を責め、愚痴を言って、
すっきりしたかというと、自分で自分をカッコワル!
と思った。

人が、自分の「甘え」や「依存」に
なかなか気づけないのは、
依存は「頼る」という感覚で自覚されるのではなく、
「責める」という感覚で自覚されるからだ。
「あんたがちゃんとやってくれないから、
 私が輝けないんだよ」
などと、「だれか」を責めてる限り、
本人は依存に気づけないし、脱却もできない。

人を責めているときは、人に頼っているときだ。

自立して、できることはやろう!
賃貸契約について自分で調べたり、動いたりしよう! と、
東京都の賃貸ホットラインという電話サービスに
ゆきあたった。

電話でベテラン相談員と話すうち、
「安定」というキーワードが出てきて
「はっ!」と気づいた。

電話を切ったとき、
フリーランスを選んだ私は、今後一切、
不動産物件を借りるとき、文句や愚痴は言わないと
腹を決めた。

生まれて初めて、部屋を貸す人の気持ちがわかったのだ。

貸す人が欲しいのは「安定」だ。

貸す人は、別に、
仕事の能力が高いか低いかを値踏みしているわけではない。
社会的信頼度をランキングしているわけでもない。
ましてや一番収入の高い人を選んでいるわけでもない。

「安定」して、毎月毎月、
家賃を払い続けられる人を求めてる。

もしも今月何億もありました、
でも半年後には自己破産しました、
という人だったら、貸す方だって商売だ、とっても迷惑だ。
これまでも、これからも、長期にわたって、
コツコツコツコツと、安定的に収入がある人、
これ以上の上客はいない。

で、私は、なぜ難儀をしているかと問えば、
フリーランスになるとき、
自分で「安定」を手放したからだ。

「安定を捨てたから、
 安定が求められるシーンで歓迎されない」

これは、まったく当たり前のことで、
怒ることでも、弱るところでもなく、
ましてや戦うところなどでは決してない。

この先、不動産物件を借りるにあたって、
どんなに嫌な想いをしても、それは、
手間と時間が会社員のときより余分にかかるだけ、
つまり不便なだけだ。

そんなに安定にこだわらない家主さんだってきっといる。
フリーランスを選んだのだから、贅沢を言わず、
貸してもらえる部屋が見つかるまで探し、
貸してもらえる部屋に住めばいいだけのこと。

フリーを選んだ以上、安定を手放したのだ。

この先、安定が求められるシーンでは、
決して相手を責めたりせず、
自分で自分の立場を不安がったりせず、
ましてや、ビッグになって見返してやろうなどと、
勝負どころをはき違えた闘志を抱くことなど決してせず、

これまでの自分通り、いままでやってきたとおり、
淡々とこの道を歩いて行こう!

それがわかったとたん、胃のあたりがすーっとして、
視界が霧が晴れるようにすっきりした。

結局私は、5月からそこに住めることになった。

本来の自分を取り戻してから振り返ると、
つくづく、あの不安はなんだったんだろう? と思う。

自分の影に向かって、戦いを挑む、
まるでシャドウボクシングのように、

賃貸契約にあたって、「おまえは何者か」と
存在を問われ、自分が揺らぎ、
日ごろ潜在的に不安に思っていることが一気に噴き出して、
ただただ、自分が不安がりたいように
不安がっていただけだ。

結局、敵は自分の中にいた。

今回は不安にとらわれてヘンな戦いを挑んだり、
会社を興すとか、ビッグになるとか、自分らしくない野望を
もったり、変節しなくて本当によかった。

勝負どころを間違うと、その戦いに出口はない。

自分で自分に、
「信頼しているよ! OK!」
と言われるように、
表現と、表現教育で努力を続けること、
それが私の「勝負どころ」だ。

「あんたが‥‥、人が‥‥、社会が‥‥」と
責めているとき、
果たしてそこは自分が戦うべきところだろうか?

あなたの本来の「勝負どころ」はどこですか?

「おとなの小論文教室。」を読んでのご意見、ご感想を
ぜひお送りください
題名を「山田ズーニーさんへ」として、
postman@1101.comまでメールでお送りくださいね。

注:講演など仕事の依頼メールは、上記のアドレスでなく、
  直接オフィス・ズーニーまでお送りください。
  連絡先は、山田ズーニーの本を出している出版社まで
  お問い合わせください。

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「山田ズーニーさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2013-04-24-WED
YAMADA
戻る